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第9話「仮面の男」 「タリャアアァァァァッ!!」 「グゥ……ッ!!」 M78星雲、光の国。 その訓練場において、二人の赤い巨人が対峙していた。 真紅の若獅子ウルトラマンレオと、その師ウルトラセブン。 レオはセブン目掛けて勢いよく拳を繰り出すが、セブンはそれをタイミングよくガード。 そのまま、セブンは拳を打ち上げてレオの腕を大きく払った。 「ジュアァッ!!」 「イリャァァッ!!」 そのまま、がら空きになったレオの胴目掛けてセブンが蹴りを繰り出す。 だが、レオは素早く膝と肘を動かし、その一撃を受け止めた。 攻防一体の技術、蹴り足挟み殺し。 セブンの足に激痛が走る……しかしセブンは、ここで引かなかった。 強引に足を捻って技から脱出し、そのままレオの喉求目掛けラリアットをかましにいったのだ。 しかし、レオは大きく体を反らしてこの一撃を回避。 そのままオーバーヘッドキックの要領で、セブンの肩に一撃を入れた。 「ジュアッ!?」 とっさにセブンは、後ろに振り返りレオに仕掛けようとする。 だが、振り向いた時には……レオの拳が、セブンの目の前にあった。 勝負はついた……レオは拳を下ろす。 セブンは首を横に振り、溜息をついた。 「参った……やっぱり格闘戦になると、お前の方がもう俺より上だな。」 「ありがとうございます、隊長。 でも、途中で俺も危ないところがあったし……」 「おいおい……隊長はもうやめろと言っただろう?」 「あ……はい、セブン兄さん。」 一切の光線技や超能力を使わない、格闘戦のみによる組み手。 勝負は、レオの勝利に終わった。 こと格闘戦において、今やレオは、光の国でも最強レベルの戦士の一人になる。 しかしそれも、全てはセブンがいたからこそである。 レオはかつて地球防衛の任務に就いた際、セブンから戦う術を教わったのだ。 当時のレオは、光線技を殆ど使えなかった為に、格闘技術をとことん磨かされていた。 時には、「死ぬのではないか」と言いたくなる程の、とてつもなく辛い特訓もあった。 だがそれも……地球防衛の為に、やむを得ずのことであった。 セブンはその時、ある怪獣との戦いが原因で、戦う力を失ってしまっていたのだ。 その為、まだ未熟であったレオを一人前にする事で地球を守ろうと、あえて心を鬼にして接していたのである。 そしてその末、今やウルトラ兄弟の一人となるほどにまで、レオは成長を遂げたのだ。 ちなみにレオがセブンの事を隊長と呼ぶのは、その時の名残である。 「でも、光線技やアイスラッガーを使われたら、どうなっていたか……」 「はは……じゃあ、今日はこれまでだな。 後少ししたら、交代の時間だ……それまで体を休めておけ」 「はい。」 光の国では今、二人一組によるメビウスの捜索が行われていた。 もうしばらくしたら、セブンとレオは前の組との交代時間である。 それまで体を休めるべく、二人は一息つこうとした。 だが……そんな時だった。 訓練場の上空へと、文字―――ウルトラサインが出現したのだ。 「ウルトラサイン……ゾフィー兄さんからのメッセージだ!!」 「『メビウスかららしきウルトラサインを、見つけることが出来た』……!!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ちょ、やめろ!! アリア、何とかしてくれ~!!」 時空管理局本局。 クロノとエイミィは、ユーノを連れてある人物の元を訪れていた。 クロノに魔術の基礎を叩き込んだ師匠、リーゼ=ロッテとリーゼ=アリアの二人。 この二人は、グレアムの使い魔でもある。 久々の再会という事で、ロッテはクロノにじゃれ付いている訳で、エイミィ達はそれを面白そうに眺めている。 クロノからすれば、はっきり言って迷惑この上ないのだが。 「……なんで、こんなのが僕の師匠なんだ。」 「あはは……それで、今日の用事はなんなの? 美味しそうなネズミっ子まで連れてきて……」 「っ!?」 身の危険を感じ、ユーノが顔を強張らせた。 リーゼ姉妹は、ネコを素体として作られた使い魔。 フェレットモードのユーノからすれば、天敵とも言える存在なのだ。 人間状態である今は、何の問題も無いが……万が一動物形態へと姿を変えたら、どうなる事やら。 「闇の書の事はお父様からもう聞いてるけど、やっぱりそれ関連?」 「ああ……二人は、駐屯地方面には出てこれないか?」 「私達にも、仕事があるからね。 そっちに出ずっぱりって訳にはいかないよ。」 「分かった……いや、無理ならそれはそれでいいんだ。 今回の用件は、彼だからな。」 「?」 「ユーノの、無限書庫での捜索を手伝ってやってくれないか?」 「無限書庫……?」 「今から、早速頼みたいんだ。 ユーノを案内してやってくれ。」 「うん、そういう事ならいいけど……」 「ユーノ君、二人についていって。」 ユーノはロッテとアリアの二人に連れられ、無限書庫へと向かう。 無限書庫とは、様々な次元世界の、あらゆる書籍が治められた大型データベース。 幾つもの世界の歴史が詰まった、言うなれば世界の記録が収められた場所。 まさしく、名が示すとおり無限の書庫である。 しかし……文献の殆どは未整理のままであり、局員がここで調べ物をする際には、数十人単位で動かなければならない。 必要な情報を一つ見つけるだけでも、とてつもない作業になるのだ。 ユーノはそこへと足を踏み入れた時、正直度肝を抜かれたものの、すぐに冷静さを取り戻す。 クロノが自分に頼むといった理由が、これでやっと分かったからだ。 「成る程、確かに僕向けだね……」 ユーノは術を発動させ、とりあえず手近な本を十冊ほど取り出す。 複数の文章を一度に同時に読む、スクライア一族特有の魔術の一つ。 これを駆使すれば、大幅に調査時間を短縮する事が可能である。 その術を目にし、ロッテとアリアは感嘆の溜息を漏らした。 「へぇ~、器用だね……それで中身が分かるんだ。」 「ええ、まあ……あの、一つ聞いてもいいですか?」 「ん、何かな?」 「……リーゼさん達は、前回の闇の書事件の事、見てるんですよね?」 「あ……うん。 ほんの、11年前の事だからね。」 ユーノは、前回の闇の書事件について詳しく知ってるであろう、二人に尋ねてみた。 闇の書の情報を集める上で、この話はどうしても聞いておきたかった。 ただ……クロノ達には、それを聞けない理由があった。 先日、局員の一人から聞いてしまったのだが…… 「……本当なんですか? クロノのお父さんが、亡くなったって……」 「……本当だよ。 私達は、父様と一緒だったから……近くで見てたんだ。 封印した筈の闇の書を護送していた、クライド君が……あ、クロノのお父さんね。 ……クライド君が、護送艦と一緒に沈んでくとこ……」 「……すみません。」 「ああ、気にしないで。 そういうつもりで聞いたんじゃないってのは、分かってるから。」 やはり、悪い事を聞いてしまった。 これ以上、辛い過去を思い出させるわけにはいかないと思い、ユーノは話を打ち切った。 すると、その時だった。 ユーノはある本のあるページを見て、ふと動きを止めた。 「え……?」 「ユーノ君、どうしたの?」 「まさか……これって……!!」 術を中断し、ユーノは直接本を手に取った。 そこに記載されていたのは、ある世界の太古の記録。 光の勢力と闇の勢力との戦いの記録だった。 こういった戦い自体は、多くの次元世界の歴史中にもある為、なんて事は無かった。 だが……問題は、その本の挿絵にあった。 挿絵に描かれている戦士の姿……それは、紛れも無くあの戦士と同じものであった。 「どうして、ウルトラマンダイナが……!?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「たっだいま~」 「おかえりなさ~い。」 それから、しばらくした後。 まだ本局で用事のあるクロノを残して、エイミィは一人ハラオウン家へと帰宅した。 ちなみにリンディも、別件で先程本局へと出向いた為、不在である。 エイミィは帰り際に近所のスーパーで買い物を済ませていたようであり、その手には買い物袋があった。 フェイトとミライ、それに遊びに来ていたなのはの三人で、早速冷蔵庫に食品を入れ始める。 「艦長、もう本局に出かけちゃった?」 「うん、アースラの追加武装が決定したから、試験運用だってさ。」 「武装っていうと……アルカンシェルか。 あんな物騒なの、最後まで使わなければいいけど……」 「クロノ君もいないし、それまでエイミィさんが指揮代行ですよね。」 「責任重大よね~……」 「ま、緊急事態なんて早々起こったりは……」 その時だった。 ハラオウン家全体に、緊急事態を告げる警報音が鳴り響いた。 エイミィの動きが止まり、その手のカボチャがゴロリと床に落ちる。 言った側からこんな事になるなんて、思いもよらなかった。 すぐにエイミィはモニターを開き、事態の確認に移る。 そこに映し出されたのは、ヴォルケンリッターの二人……シグナムとザフィーラ。 「文化レベルはゼロ、人間は住んでない砂漠の世界だね…… 結界を張れる局員の集合まで、最低45分はかかるか……まずいな……」 「……フェイト。」 「うん……エイミィ、私とアルフで行く。」 「そうだね……それがベストだね。 なのはちゃんとミライ君はここで待機、何かあったらすぐ出れるようにお願い。」 「はい!!」 フェイトは早速自室へと戻り、予備のカートリッジを手に取る。 アルフがザフィーラの相手をする以上、シグナムとの完全な一騎打ちになる。 先日の戦いでは、超獣の乱入という事態の為に勝負はつけられなかった。 今度こそ、シグナムに勝利する……フェイトは強く、バルディッシュを握り締めた。 「いこう……バルディッシュ。」 『Yes sir』 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「くっ……!!」 その頃。 二手に分かれ単独行動に移ったシグナムは、現地の巨大生物を相手に苦戦を強いられていた。 先日現れたベロクロンよりも、その全長はさらに巨大。 シグナムは一気に片を付けようと、カートリッジをロードしようとする。 だが、その直後……背後から、十数本もの触手が一斉に出現した。 まさかの奇襲に反応しきれず、シグナムはその身を絡み取られてしまう。 「しまった!!」 何とかして逃れられないかと、シグナムは全身に力を込める。 だが、力が強く振りほどく事が出来ない。 そんな彼女を飲み込もうと、巨大生物は大きく口を開けて迫ってきた。 ザフィーラに助けを求めるにも、今は距離が離れすぎている。 こうなれば、体内からの爆破しかないか……そう思い、覚悟を決めた、その矢先だった。 『Thunder Blade』 「!!」 上空から、怪物へと光り輝く無数の剣が降り注いだ。 とっさにシグナムが空を仰ぐと、そこにはフェイトの姿があった。 フェイトはそのまま、剣に込められた魔力を一気に開放。 剣は次々に爆発していき、怪物を一気に吹き飛ばした。 触手による拘束も解け、シグナムは自由になる。 『ちょっとフェイトちゃん、助けてどうするの!!』 「あ……」 「……礼は言わんぞ、テスタロッサ。 蒐集対象を一つ、潰されたんだからな……」 「すみません、悪い人の邪魔をするのが私達のお仕事ですから……」 「ふっ……そうか。 そういえば悪人だったな、私達は……預けておいた決着は、出来るならもうしばらく先にしておきたかった。 だが、速度はお前の方が上だ……逃げられないのなら、戦うしかないな。」 「はい……私も、そのつもりで来ました。」 空から降り、二人が地に足を着ける。 シグナムはポケットからカートリッジを取り出し、怪物との戦いで失った分を補充し、構えを取った。 それに合わせて、フェイトもバルディッシュを構える。 しばしの間、二人の間に静寂が流れる……そして。 「ハァッ!!」 「うおおぉぉっ!!」 勢いよくフェイトが飛び出し、それに合わせてシグナムも動いた。 二人のデバイスがぶつかり合い、火花を散らす。 すぐさまフェイトは一歩後ろに下がり、再び一閃。 シグナムも同様に、カウンター気味の一撃を放つ。 直後、とっさに障壁が展開されて互いの攻撃を防ぎきった。 「レヴァンティン!!」 「バルディッシュ!!」 『Schlange form』 『Haken form』 二人はそのまま間合いを離すと、カートリッジをロードしてデバイスの形態を変えた。 フェイトは大鎌のハーケンフォームに、シグナムは蛇腹剣のシュランゲフォームに。 シグナムは勢いよく腕を振り上げ、レヴァンティンの切っ先でフェイトを狙う。 フェイトはそれを回避すると、ハーケンセイバーの体勢を取って静止。 その間に、レヴァンティンの刃が彼女の周囲を包囲する。 しかし、フェイトは動じることなくシグナムを見据え……勢いよく、バルディッシュを振り下ろした。 「ハーケン……セイバー!!」 「くっ!!」 光の刃が一直線に、シグナムへ迫ってゆく。 シグナムはとっさにレヴァンティンの刃を戻し、その一撃を切り払う。 その影響で、フェイトのいた場所が一気に切り刻まれ、凄まじい砂煙が巻き起こった。 だがその中から、三日月状の影―――二発目のハーケンセイバーが、その姿を見せてきた。 一発目との間隔が短すぎる為に、切り払う事は出来ない。 すぐにシグナムは、上空へと飛び上がる……が。 「ハァァァァッ!!」 「何っ!?」 上空には、既にフェイトが回り込んでいた。 バルディッシュの刃を、シグナム目掛けて勢いよく振り下ろしてくる。 だが、シグナムはこの奇襲を思わぬ物を使って回避した。 それは、レヴァンティンの鞘。 彼女にとっては、鞘もまた立派な武具だった。 これは流石に予想外だったらしく、フェイトも驚かざるをえない。 その一瞬の隙を突き、シグナムはフェイトを蹴り飛ばした。 だが、フェイトも一歩も引かない。 落下しながらも、カートリッジをロード……バルディッシュの矛先を、シグナムへと向ける。 『Plasma lancer』 「!!」 光の槍が放たれ、シグナムへと真っ直ぐに迫る。 彼女はとっさに剣を通常形態へと戻し、鞘とそれとを交差させる形で防御。 一方フェイトも、着地と同時にバルディッシュを通常形態へと変形させた。 両者がカートリッジをロードさせる。 フェイトが前方へと魔方陣を展開し、魔力を集中させる。 シグナムがレヴァンティンを鞘に収め、魔力を集中させる。 「プラズマ……!!」 「飛龍……!!」 「スマッシャアアァァァァァッ!!」 「一閃っ!!」 膨大な量の魔力が、同時に放たれた。 その威力は、完全な互角。 両者の一撃は真正面から真っ直ぐにぶつかり合い、そして強烈な爆発を巻き起こした。 それと同時に、二人が跳躍する。 「ハアアァァァァッ!!」 「ウアアアアアァァァァァッ!!」 空中で、バルディッシュとレヴァンティンがぶつかり合った。 雷光の魔道師と烈火の将。 二人の実力は伯仲……完全な五分と五分だった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ヴィータちゃん……やっぱり、お話聞かせてもらうわけにはいかない? もしかしたらだけど……手伝える事、あるかもしれないよ?」 丁度、その頃。 別の異世界では、なのはとヴィータが対峙していた。 フェイトが向かって間も無く、ヴィータがこの世界に出現した為、なのはが向かったのだ。 なのはは今、ヴィータと話が出来ないかと思い、相談できないかと持ち掛けていた。 だが、ヴィータはそれを受け入れようとしない。 「五月蝿ぇ!! 管理局の言う事なんか、信用出来るか!!」 「大丈夫、私は管理局の人じゃないもの。 民間協力者だから。」 (……闇の書の蒐集は、一人につき一回。 こいつを倒しても、意味はない……カートリッジも残りの数考えると、無駄遣いできねぇし……) 「ヴィータちゃん……」 「……ぶっ倒すのは、また今度だ!!」 「!?」 「吼えろ、グラーフアイゼン!!」 『Eisengeheul』 ヴィータは魔力を圧縮して砲丸状にし、それにグラーフアイゼンを叩きつけた。 直後、強烈な閃光と爆音がなのはに襲い掛かった。 足止めが目的の、言うなれば魔力で作ったスタングレネード。 効果は十分に発揮され、なのはの動きを止める事に成功する。 その隙を狙い、ヴィータはその場から急速離脱する。 「ヴィータちゃん!!」 『Master』 「うん……!!」 レイジングハートが、砲撃仕様状態へと姿を変化させる。 なのははその矛先を、ヴィータへと向けた。 一方のヴィータはというと、かなりの距離を離した為か、流石に余裕があった。 この距離からならば、攻撃は届かないだろう。 そう思っていた……が。 「え……!?」 『Buster mode, Drive ignition』 「いくよ、久しぶりの長距離砲撃……!!」 『Load cartridge』 「まさか……撃つのか!? あんな、遠くから……!!」 『Divine buster Extension』 「ディバイイィィィン……バスタアァァァァァァァッ!!」 「っ!?」 絶対に届く筈が無い。 そんな距離から、あろうことかなのはは撃ってきたのだ。 そして彼女の照準には、寸分の狂いも無い。 放たれた桜色の光は、まっすぐにヴィータへと向かい……直撃した。 ズガアアァァァァァン……!! 「あ……」 『直撃ですね。』 「……ちょっと、やりすぎた?」 『いいんじゃないでしょうか。』 思ったよりも威力が出てしまっていた事に、なのはも少し驚いた。 まあレイジングハートの言うとおり、非殺傷設定にはしてあるから、大丈夫ではあるだろう。 少し悪い気はするが、これでヴィータが気でも失っていたら、連れ帰るまでである。 数秒後、徐々に爆煙が晴れていくが……その中にあった影は、一人ではなかった。 「あれは……!!」 「……」 ディバインバスターは、ヴィータには命中していなかった。 先日クロノと対峙していた、あの仮面の男が姿を現れていたのだ。 仮面の男は障壁を張って、直撃からヴィータを守っていた。 なのはもヴィータも、呆然として仮面の男を見るしかなかった。 「あ、あんたは……」 「……行け。」 「え……?」 「闇の書を、完成させろ……」 「!!」 仮面の男の言葉を受け、ヴィータがこの世界から離脱しようとする。 とっさになのはは、二発目の長距離砲撃に入ろうとする。 だが、それよりも早く仮面の男が術を発動させた。 この距離からの発動は、通常ならばありえない魔法―――バインド。 光が、なのはの肉体を拘束する。 「バインド……こんな距離から!?」 『Master!!』 とっさになのはは魔力を集中させ、バインドの拘束を解いた。 しかし、時既に遅し……その場には、ヴィータも仮面の男も姿もなかった。 身動きを封じられた隙に、逃げられてしまったのだ。 『Sorry, master』 「ううん……私こそごめんね、レイジングハート。 エイミィさん、すぐそっちに戻りま……!?」 仕方が無い。 そう思い、帰還しようとした……その矢先だった。 突然、強烈な地震が発生したのだ。 空に浮いていた為に、なのはには一切影響は無いが…… 「地震……驚いたぁ。」 『待って、これ……なのはちゃん!! 急いで、そこから離れて!!』 「え……?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― (ここに来て、まだ……目で追えない攻撃がきたか……!! 早めに決めないと、まずいな……!!) (クロスレンジもミドルレンジも、圧倒されっぱなしだ……!! 今はスピードで誤魔化せてるけど、まともに喰らったら叩き潰される……!!) フェイトとシグナムの一騎打ちは、更に激化していた。 スピードで勝るフェイトと、技術で勝るシグナム。 どちらも、決め手になりえる一撃を相手に打ち込めないままでいた。 フェイトにとっては、なのはとの一騎打ち以来の激戦。 シグナムにとっては、何十年ぶりとも言える激戦。 ここまでの苦戦を強いられるのは、お互いに久々だった。 勝負をつけるには、やはり切り札を使うしかないだろうか。 (シュトゥルムファルケン、当てられるか……!!) (ソニックフォーム、使うしかないか……!!) 二人が同時に動く。 次の一撃でもなお決められなければ、もはや使うしかない。 奇しくも、二人の思いは一致していた。 しかし……この直後、思わぬ事態が起こった。 フェイトの胸を……何者かの腕が、貫いた。 「あっ……!?」 「なっ!?」 シグナムは、フェイトの背後に立つ者の姿を見て驚愕した。 その者とは、先程までヴィータと共にいたはずだった仮面の男だった。 彼がヴィータの元に現れたのは、ホンの数分ほど前の出来事。 この世界に転移するまで、最低でも十数分かかる……ありえないスピードである。 いや、この際それはどうでもいい。 今の最大の問題は、彼がフェイトに攻撃を仕掛けたという事実。 フェイトは、完全に意識を失っている。 シグナムはそれを見て、最悪の事態―――貫手によるフェイトの殺害を、考えてしまった。 「貴様!!」 「安心しろ、殺してはいない。」 「なんだって……なっ!?」 「使え。」 男の手のは、フェイトのリンカーコアが握られていた。 使えという言葉の意味は、勿論決まっている。 フェイト程の魔道師のリンカーコアを手に出来たとあれば、一気に相当数のページが埋まる。 シグナムは、こんな形での決着は望んでいなかった。 だが……自分は、はやてを救う為ならば、如何なる茨の道をも歩もうと決意したのだ。 全ては彼女の為……ならば、敢えて汚れ役となろう。 『ザフィーラ、テスタロッサのリンカーコアを摘出する事が出来た。 ヴィータも引き上げたようだし、我々もここで引くぞ。』 『心得た……テスタロッサの守護獣には?』 『ああ、テスタロッサを迎えに来るよう伝えておいてくれ。 それまでの間は……私が、彼女を見ておこう。』 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『待って、これ……なのはちゃん!! 急いで、そこから離れて!!』 「え……?」 エイミィが、切羽詰った声でなのはに告げた。 解析してみた所、この地震はある自然災害を併発する可能性が極めて高いと出たのだ。 それは、なのは達の知る自然災害の中でも、最高クラスの危険度を持つもの。 『近くの火山が、もうすぐで噴火しちゃうの!!』 「ええっ!?」 火山の噴火。 テレビなどで何度かその光景は目にしてきたが、それが齎す被害は凄まじいものがある。 この世界には文明が存在しない為、犠牲者は出ないのがせめてもの救いだろう。 すぐになのはは、エイミィに指定された火山から離れる。 それから数十秒後……爆音を上げ、山からマグマが噴出した。 ドグオオオオォォォォン……!! 「うわっ……凄い……」 灼熱色の光が、辺り一面を照らす。 初めて目にするその光景に、なのははただただ呆然とするしかなかった。 それは、モニター越しに見ていたエイミィとミライも同じだった。 しばらくして、噴火は収まるが……その直後。 モニターからけたたましい警報音が鳴り響いた。 なのはの耳にも、それは届いている。 『これって……!!』 「エイミィさん、何があったんですか?」 『気をつけて、なのはちゃん!! 何かが、火山の下から出てこようとしてる!! これは……現地の、大型生物……!?』 「大型生物って……もしかして、この前の超獣みたいな奴……?」 その、次の瞬間だった。 山の麓から、唸りを上げてそれは出現した。 全身が蛇腹のような凸凹に覆われた、色白の怪獣。 足元から頭頂部に向かって体全体が細くなっていくという、特徴的な体躯。 ミライはその姿を見て、驚愕した。 出現したのは、かつて彼が戦った経験のある相手。 どくろ怪獣……レッドキング。 『レッドキング!? そんな、あんなのが異世界にも生息しているなんて……!!』 「ミライさん、もしかして……あの怪獣って、かなり強いんですか?」 『うん、僕も直接戦ったことがあるから分かる。 それに、兄さん達もそれなりに苦戦させられたって聞いてるし……なのはちゃん、相手にしちゃ駄目だ!!』 『見つからないうちに、早く逃げ……え!?』 「……エイミィさん、ミライさん?」 『そんな……大変、なのはちゃん!! フェイトちゃんが……!!』 「えっ!?」 エイミィとミライは、モニターに映し出された光景を見て驚愕していた。 仮面の男により、フェイトのリンカーコアが摘出されてしまった。 幾らなんでも、仮面の男の移動が早すぎる……完全に、予想外の事態だった。 すぐにエイミィは、本局へと連絡して医療スタッフの手配を要請。 その後、アルフにフェイトを救出するよう指示を出した。 「エイミィさん、フェイトちゃんは!!」 『リンカーコアをやられちゃった……!! 今、急いで本局の医療スタッフを送ってもらってる!!』 「分かりました、私もすぐそっちに……キャァッ!?」 フェイトの元へと駆けつけようとするなのはへと、無慈悲な一撃が繰り出された。 それは、レッドキングが投げつけてきた大岩だった。 不運にも、彼女はレッドキングに見つかってしまったのだ。 とっさになのはは、上空へと上昇してそれを回避する。 レッドキングはなのはを一目見るや、敵と判断してしまっていた。 その強い闘争本能に、火がついてしまっていた……最悪としかいいようがなかった。 この様子じゃ、戦う以外に無い様である。 「こんな時に限って……!!」 『なのはちゃん、僕がすぐそっちに行く!! それまで、何とか持ちこたえて!!』 「はい……分かりました!!」 敵のサイズを考えると、確かにミライが一番の適任になる。 彼の到着まで持ちこたえるか。 もしくは……彼が到着する前に、レッドキングを撃破するか。 今は、一刻も早くフェイトの元に向かいたい。 撃破とまではいかなくとも、ミライの到着までにある程度のダメージさえ与えられれば、大分楽になる。 幸いにも、消耗は殆どしていない……やれなくもない。 「いくよ……レイジングハート!!」 『Yes sir』 戻る 目次へ 次へ
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第5話「暗黒の魔の手」 アスカ=シン―――ウルトラマンダイナの乱入。 それも闇の書側につくという事態に、誰もが動きを止めて驚くしかなかった。 それは、もう一人のイレギュラー―――黒尽くめの男にとっても同様である。 「……多次元のウルトラマンか。 これは確かに、イレギュラーだな……」 メビウスがこの世界に現れたのは、重々承知していた。 その上でなおも、全ては筋書き通りに運ばれていたはずだった。 しかし、黒尽くめの男にとってこの事態―――ダイナの参戦は、完全な予想外であった。 この世界に、ウルトラマンは存在しない筈。 異次元での戦いにより、この次元世界へと転移してしまったメビウスが唯一の存在だった筈。 自らをダイナと名乗ったウルトラマンが、ならば何故存在しているのか。 その理由は一つ……彼もまた、別世界のウルトラマンであるということだ。 「出来る事ならば、まだ介入はしたくなかったが……やむをえんな。」 男の掌から、黒いガス状の何かが湧き上がってくる。 そのガスの名は、宇宙同化獣ガディバ―――男の意のままに動く、一種の生物である。 男が見つめる先にいるのは、結界を破壊すべく魔力を集中させているなのは。 予定よりも少しばかり早いが、驚異的な相手が増えてしまった以上、チャンスは今しかない。 (ましてやあのダイナと名乗るウルトラマンは、闇の書側にいる。 メビウスよりも下手をすれば危険だ……あの二人だけでは、役不足かもしれん。) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「デャァァァァッ!!」 「ジュアッ!?」 メビウスvsダイナ。 ウルトラマン同士での争いという、まさかの事態……優勢なのは、ダイナであった。 ダイナの方が優勢な理由は、ウルトラマンの戦闘方法の根源にあった。 ウルトラマンは、人知を遥かに超える多彩な光線技や超能力を持つ。 ならば、何故それを駆使して最初から勝負に出ないのか。 その理由は、エネルギーの消費を抑えるためであった。 ウルトラマンとて、永続的に戦えるわけではないのだ。 かつてダイナは、人工的にウルトラマンを作り出す計画――F計画の為に、利用されたことがあった。 その結果、人造ウルトラマンテラノイドが誕生した。 しかしこのテラノイドは、実戦においてとてつもない失敗を犯した。 テラノイドは、光線技を乱発しすぎ……すぐにガス欠を起こして倒されてしまったのである。 これはテラノイドのみならず、全てのウルトラマンに共通する問題である。 事実メビウスは、かつてニセウルトラマンメビウス―――ザラブ星人と敵対した際。 テラノイドと同様のミスを犯し、後から現れた異星人に打ち倒されてしまった経験があった。 だから、彼等が光線技を使うのはここぞという時ばかりなのだ。 それ故に、二人は格闘戦において戦闘を繰り広げていたのだが……単純な身体能力では、ダイナが勝っていた。 彼の豪快なパワーに、メビウスは圧倒されていたのだ。 メビウスにとって、これ程格闘戦で追い詰められることは久しぶりであった。 (レオ兄さんやアストラ兄さん並だ……いや、パワーだけならもっと……!!) 「デャァッ!!」 (けど……それだけで全部決まるわけじゃない!!) ダイナは加速の勢いに乗せ、全力の拳を突き出してくる。 命中すればタダではすまない……防御か回避か。 普通ならば、この二択のどちらかを取るのが当然である。 しかし……メビウスはそのどちらも取らなかった。 三つ目の選択肢―――カウンターを選んだのだ。 メビウスブレスの力が解放され、左の拳に集中される。 ライトニングカウンター・ゼロ。 メビウスブレスのエネルギーをプラズマ電撃に変えて、零距離から敵に叩き込む必殺の一つ。 ダイナの一撃に合わせ、メビウスは左の拳を突き出した。 狙いはクロスカウンター……当然ながら、命中すれば半端ではないダメージが乗る。 そして、先に攻撃を命中させたのは…… ドゴォォンッ!! 「デュアアァァァッ!!??」 「セヤァァァァッ!!」 紙一重の差で、メビウスの一撃が先にダイナを捉えた。 ダイナはパワーこそメビウスに勝っているものの、テクニックではメビウスに劣っていた。 ライトニングカウンター・ゼロの直撃を受け、後方のビルへと勢いよく吹き飛び、派手に激突する。 粉塵が巻き起こり、ダイナの姿がその中へと隠される。 今の一撃で、確実に怯んだ筈……倒すならば今しかない。 「ハァァァァァァァッ……!!」 メビウスは右手をメビウスブレスに添え、大きく腕を開きその力を解放する。 その瞬間、∞の形をした光が一瞬だけその姿を見せた。 そして、メビウスは腕を十字に組み、必殺の光線技―――メビュームシュートを放った。 「セヤァァッ!!」 ダイナを殺すつもりはない……だが、手加減して勝てる相手ではない。 そう判断したが故に、メビウスは敢えて全力で挑んだ。 メビュームシュートが直撃すれば、ただではすまないだろう。 今まさに、命中の瞬間が迫ろうとしていた……しかし。 「デュアァッ!!」 「!?」 粉塵を突き破り、蒼白い光線がその姿を現した。 ダイナは怯んでいなかった。 いや、怯んではいたかもしれないが……すぐに復活を果していたのだ。 そして、メビウスがメビュームシュートを放とうとしたのを感じ……とっさに同じ行動を取っていたのだ。 ダイナ必殺の光線―――ソルジェント光線。 両者の光線が、空中でぶつかり合った。 威力は互角……両者共に、鬩ぎ合っていた。 「クッ……ウオオオオォォォォォッ!!」 「ハアアァァァァァァァァァァァァァッ!!」 二人は光線に全力を注ぎ込み、相手に打ち勝とうとする。 光線の勢いは強まるが……それでも互角。 このままでは埒が明かない。 そう思われた……その瞬間だった。 二つの光線が、鬩ぎ合いに耐え切れなくなったのか……爆ぜたのだ。 強烈な爆発が起こり、メビウスとダイナはその余波で大きく吹き飛ばされる。 「グゥゥッ!?」 「ガハッ!?」 二人は建造物を三つほどぶち抜き、四つ目にぶち当たったところでようやく止まった。 どうやら、光線の破壊力は相当なものだったようだ。 しかし、まだカラータイマーの点滅にまでは至っていない。 戦いを継続する事は十分可能……そう判断するやいなや、二人は勢いよく空へと飛んだ。 守るべき一線がある……この戦いは負けられない。 二人が、眼前の敵を打ち倒すべく攻撃を放とうとするが……その時だった。 「ん……これは!?」 「凄いエネルギーだ……これが、なのはちゃんの……!!」 膨大なエネルギーが、一点―――なのはのいる場所へと集中しつつある。 それを感じ取った二人は、思わず彼女へと顔を向けてしまった。 なのはは既に、スターライト・ブレイカーの発射態勢に入っていた。 レイジングハートが、発射までのカウントダウンを読み上げている。 「Ⅸ、Ⅷ、Ⅶ……」 「あいつ、魔力を収束させているのか……!? くそ……何かは分かんねぇけど、止めなきゃやべぇ!!」 ヴォルケンリッター達も、ダイナ同様に収束されつつある膨大な魔力に気づいた。 一体なのはが、これだけの魔力を使って何をするかは分からない。 単純に攻撃を仕掛けるつもりなのか、結界を破壊するつもりなのか―――どちらにせよ、嫌な予感がする。 皆がそれを阻止すべく、奇しくも同時に動こうとした。 しかし……当然ながら、その行動は阻まれる。 ダイナはメビウスに、シグナムはフェイトに、ザフィーラはアルフに、ヴィータはユーノに。 行く手を阻まれ、彼等は歯がゆい思いをしていた……かのように、思われていた。 だが、事実はそうではない。 何故なら――― 「補足完了……!!」 なのは達に存在を知られていなかった伏兵―――シャマルが、ヴォルケンリッター側にはいたからだ。 クラールヴィントの二本の糸が、空中で円を形取る。 そしてその内部に出来上がった空間へと、彼女は勢いよく手を入れにかかった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「そこだ……!!」 シャマルが行動を起こそうとした、まさしくその瞬間。 レイジングハートのカウントダウンが、残りⅠとなったのと同時だった。 黒尽くめの男が、勢いよく掌を突き出し……ガディバを解き放った。 ガディバは真っ直ぐに、なのはの背後から凄まじいスピードで接近する。 当のなのはは勿論、他の者達もそれには気づかない……いや、気づけないでいた。 そして、なのはがスターライトブレイカーを放とうとしたその時。 シャマルが、手を突き入れたその時。 ガディバはなのはの体内へと侵入を果し……そして。 「え……!?」 「あっ……しまった、外しちゃった。」 突然、なのはの胸から一本の手が生えた。 クラールヴィントを通じて、シャマルの手が彼女を突き破ったのだ。 とはいっても、なのはには肉体的なダメージはない。 シャマルの目的は、それとは別にあった。 彼女は狙いが外れたのを感じ、すぐに手を入れなおす。 直後、その手には赤く煌く光球が握られた。 これこそが、魔道士にとっての力の源。 その者が持つ魔力の中枢―――リンカーコア。 「リンカーコア、捕獲……蒐集開始!!」 シャマルはもう片方の手を、闇の書へと乗せた。 その瞬間……白紙だった筈の書物のページに、文字が次々に浮かび上がり始めた。 10ページ、いや20ページぐらいは一気に埋まっただろうか。 それに合わせて、なのはのリンカーコアが収縮をし始めていた。 (魔力が……吸い取られていく……!?) なのはは、リンカーコアの正体は知らない。 しかし、今の自分に何が起きているのかは、十分に理解できていた。 魔力が失われつつある―――吸い取られつつある。 このままではまずい。 全てが無駄になるその前に、やらなければならない―――なのはは、精一杯の力を振り絞った。 その手のレイジングハートを、勢いよく振り下ろす……!! 「スター……ライト……!! ブレイカアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」 桜色の光が、砲撃となって撃ち放たれた。 メビュームシュートやソルジェント光線すらも上回る破壊力を持つ、強烈な必殺。 それは、海鳴市を覆い隠していた結界に直撃し……見事に風穴を開けた。 結界が崩壊していく……なのはは、結界の破壊に見事成功したのだ。 とっさにシャマルは、手を引っ込めた。 そして、それと同時に……なのはは地に膝を着き、そのまま前のめりに倒れこんだ。 「なのはぁっ!!」 『結界が破壊された……!! 離れるぞ!!』 『心得た……!!』 『うん……一旦散って、いつもの場所でまた集合!! ヴィータ……アスカさんをお願い。』 『分かった……アスカ、お前はあたしと一緒に来てくれ。 集合し終えたら、全部改めて話すから。』 『……うん、分かった。』 結界が破られた以上、時空管理局の更なる介入は確実。 ヴォルケンリッター達は、早々の撤退を決め込んだ。 事情をいまいち飲み込めていないダイナは、ヴィータについていく形となる。 逃げていく彼等を追いかけようと、とっさにメビウスも動くが…… 「待ってくれ……どうして、こんなことを!!」 「メビウス……ハァッ!!」 ダイナは二発目のソルジェント光線を、後方へと振り返り発射した。 とっさにメビウスは、メビウスディフェンサークルで防御をするが……耐え切れずに吹っ飛んだ。 その隙を突き、彼等はそのまま戦域を猛スピードで離脱していった。 完全に……逃げられてしまった。 「どうして……同じ、ウルトラマンが…… そうだ、なのはちゃん!!」 「アルフ、アースラに連絡急いで!! 早くなのはを!!」 「分かってる、もうやってるよ!!」 すぐさま皆が、なのはの元へと駆けつけた。 メビウスは着地すると同時に、変身を解き元のミライへと戻る。 なのはは完全に意識を失っている。 ユーノが回復呪文で応急処置を施してはいるが、これで元通りには流石にならない。 フェイトとアルフがアースラにすぐさま連絡を入れ、医療班を寄越すよう要請する。 自分達の、完全な敗北……そうとしか言えない結果であった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「それで、皆……」 「アスカさん、隠してごめんなさい。 でも、アスカさんを危険な目にあわせるわけにはいかなかったし……」 しばらくした後。 海鳴市から離れた人気のない場所で、ヴォルケンリッター達は再集合を果していた。 その後、ヴォルケンリッターはアスカへと、自分達の事情の全てを説明した。 自分達は、闇の書の意思によって作り出された守護プログラムだと。 闇の書の主を守り抜くことこそが、自分達の役目であると。 そして、主を―――闇の書に蝕まれつつあるはやてを助ける為に、自分達は戦っていると。 リンカーコアを蒐集し、闇の書を完成させればはやては回復するかもしれない。 少なくとも、病の進行を止める事は十分に可能である。 主の未来を血に染めない為に、命を奪いまではしない。 だが……主を助ける為ならば、如何なる茨の道をも進んで歩もう。 そんな強い覚悟の上で自分達は行動していると、ヴォルケンリッターはアスカに告げた。 「すまないな、アスカ。 我々の戦いに、お前まで巻き込んでしまう形になって。」 「いや……それは構わないよ。 そういう事情があるんなら……いや、事情云々じゃなくて、皆を助けたいから俺は戦ったんだし。 ……俺の事も、話さなくちゃいけないな。」 騎士達が全てを話してくれた以上、自分には事情を話す義務がある。 そう判断したアスカは、隠していた全てを話すことにした。 これまで度々話題に出していたウルトラマンダイナとは、実は自分自身であると。 ふとした切欠でダイナの力を手に入れ、ずっと悪と戦い続けてきたと。 暗黒惑星グランスフィアとの最終決戦後、ブラックホールに飲み込まれ、そしてこの世界にやってきたと。 話せることは、何もかもを話したのだ。 全てを聞かされたヴォルケンリッター達は、やはり驚きを隠しきれないでいる。 驚くのは、無理もないだろう……アスカもそう思っていた。 そして、この次に騎士達がどう質問してくるかも……大体想像がついていた。 「どうして……正体を隠していたんだ?」 「確かにあれだけ強い力があるのなら、不用意に明かせないのは分かるが……」 「目立ちたがりのお前にしちゃ、なんかなぁ……」 予想通り、騎士達は正体を隠していた理由について聞いてきた。 これに対しアスカは、少し間を置いた後に答える。 かつて自分の正体に気づき、そして同じ問いをしてきた仲間達にしたのと……同じ答えを。 「俺、確かに目立ちたがり屋だけど……それ以上に、照れ屋なんですよ。」 「……」 「………」 「……今の答え、変だった?」 「……はは。 いや……お前らしいよ。」 「ったく……しょうがねぇ奴だなぁ。」 アスカの答えは、予想を大幅に裏切ってくれた。 これに対しヴォルケンリッターは、流石に苦笑するしかなかった。 どんな深刻な理由があるのかと思ったら……アスカらしい理由である。 しかし……彼等の笑みも、すぐに消えた。 お互いの事を話し合った以上、今後は互いにどうするのかを話さなければならない。 もはや、今までどおりというわけにはいかないのだ。 しばらくの間、五人とも沈黙せざるを得なかったが……アスカが、その沈黙を真っ先に破る。 「……俺は、魔法とかそんなのはよく分からないけど。 闇の書さえ何とか完成させれば、はやてちゃんを助けられるんだよな……」 「アスカ……いいのかよ? この戦いはあたし達守護騎士の総意だけど、お前までそれに……」 「はやてちゃんが危険な目にあってるってのに、助けられないなんて俺はごめんだから。 俺には皆と同じように、戦う力が……ダイナの力があるんだ。 そしてそれを使うのは……きっと今だ。」 「アスカ……」 「だから……これから、よろしく!!」 「……ああ、こちらこそよろしく頼むぞ!!」 アスカの決意は固かった。 この世界にきて天涯孤独の身であった自分を、彼等は家族として扱ってくれた。 自分の大切な家族である者達を、この手で助けたい。 ダイナの力は、大切な人達を助ける為にあるのだ。 それを振るうチャンスは、正しく今である。 アスカは強い決意を表し、真っ直ぐに拳を突き出す。 それに合わせ、ヴォルケンリッター達も己の拳を合わせた。 この時アスカは、新たなる騎士となった。 はやてを守るためにその力を振るう、5人目のヴォルケンリッターとなったのだ。 「あ……そういえば、聞き忘れてたけど。」 「ん?」 「アスカ、あのメビウスって言うウルトラマンの事は何も知らねぇのか?」 「あいつか……ああ、ごめん。 俺もあのウルトラマンの事は、何も知らないんだ。」 メビウスの正体に関しては、アスカが一番気になっていた。 彼が知るウルトラマンは、己を除けばたった一人―――ウルトラマンティガだけである。 一応、異星人が変身を遂げたニセウルトラマンダイナや、人造ウルトラマンの様な存在もいるにはいる。 だが……メビウスは、明らかにそんな紛い物とは違う感じがした。 ティガやダイナと同じ、本物のウルトラマンである。 しかし、アスカが知らないウルトラマンがいることに関しては、大した不思議はない。 元々ティガやダイナの力は、ある遺跡の中に、彼等の姿をした石像と共に眠っていた。 その遺跡には、他のウルトラマンらしき者達の石像もあったのだ。 もしかするとメビウスは、そんな別のウルトラマンなのかもしれない。 少なくとも、アスカはそう考えていた。 「多分、あいつとはまた会う事にはなるだろうけど……その時に何か分かるかもしれないな。 この世界に俺以外のウルトラマンがいること自体、おかしいんだし。」 「そうだな……おかしい、か。 そういえばシャマル、さっきリンカーコアを捕獲しようとした時に、失敗していたな。」 「お前にしては、随分珍しいミスだな。 捕獲を失敗した事など、これまで一度もなかったというのに……」 「うん……手を入れたときに、何か妙な違和感があったの。」 「違和感?」 「リンカーコアとは別の、何かがあの子の中にあったような感じがしたの。 でも……気のせいだったかもしれないわね。 今考えてみたら、アスカさんの事でちょっと戸惑ってたし。」 「そうか……無理はしないでくれ。 もしも体調が優れないようならば、すぐにでも言ってくれ。」 「ええ、分かっているわ。」 シャマルが捕獲を失敗したという、これまでにないミス。 それに、ヴォルケンリッター達は少しだけ不安を感じていた。 だが、どんな人間にも100%はありえない……失敗は十分に起こりえる。 今回の失敗は、たまたまその僅かな可能性に当たっただけだろう。 シャマル自身も、アスカの変身により少しばかり戸惑っていたからだと言っている。 その為、皆もこの話題に関しては打ち切る事にした。 しかし……この時、誰が予測しただろうか。 闇の書の中には、今……彼等も知らぬ、未知の存在があることを。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「上手くやったようだな……」 「ああ……予定より少しばかり早くなってしまったが、問題はない。」 結界が消え、元通りとなった海鳴市。 その一角で、黒尽くめの男ともう一人―――仮面をつけた謎の男が対峙していた。 敵対しているという風な感じはなく、どちらかというと協力者同士の様な印象が強い。 「あの魔道士を介して、私は切り札を闇の書に送り込んだ。 本来ならば、予め憑依させておいた生物を蒐集させる事で、憑かせるつもりだったが……」 「綱渡りな方法であったとはいえ、結果的に成功した。 成果は得られたのだから、それで十分だ。」 「ああ……万が一の際には、これで力を押さえ込むことが可能だろう。」 「……すまないな、助かる。」 「気にするな……我々とて、闇の書によって同胞を失った。 あれを止めようと願う気持ちは同じだ……」 黒尽くめの男は、懐から一枚のカードを取り出した。 それは、起動前の形態を取っているデバイスだった。 黒尽くめの男はそれを、仮面の男へと確かに手渡す。 「約束の品だ、受け取ってくれ。 我等の技術を結集させて作り上げた……性能は保証しよう。」 「ああ……これから我等は、闇の書の完成を急ぐ。 万が一の時は、そちらに任せるぞ。」 「分かった……お互い、気をつけるとしようか。」 仮面の男はデバイスを懐にしまい、そしてその場から姿を消した。 場に残された黒尽くめの男は……一人、笑っていた。 仮面の男を嘲笑するかのように、確かな笑みを浮かべていた。 「そう……気をつける事だな。 我々は暗黒より生まれ、全てを暗黒へと染める悪魔……そんな我等と、貴様達は手を組んでしまった。 御蔭で、どの様な結末になってしまうのかも知らずになぁ……」 全ては悪魔の筋書き通りだった。 唯一イレギュラーがあるとすれば、やはりそれはダイナの存在である。 未知数の力を持つウルトラマンが相手なだけに、全く今後の予想がつかない。 だが……それでも、問題はない。 何か厄介な事態が起ころうものならば、強引に修正するだけである。 全ては……力を手にし、光をこの世より消し去る為。 「ふふふ……はははははははは……!!!」 戻る 目次へ 次へ
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プロローグ 闇夜に輝く凶星 それは…忌まわしき、闇の書事件から1年後の冬の話 時空管理局…それは、様々な時空間で起こる犯罪を防止し、また起こしたものを見つけ出し逮捕することが仕事である。 そこでは時空間におけるありとあらゆるトラブルを見つけ出すことが可能とされている。 「あーあー、なんで新入りの私たちが留守番で、なのはたちが休暇なんだよ」 ヴィーダは足を机にのせて、管制塔の窓から外を見ている。 「仕方ないでしょ。あなた達のせいでずっとあの二人は働きづめだったんだから」 エィミィは文句を言っているヴィータにきたいして強くいってきかす。 それでもヴィータは文句をいい続けている。 他のシグナムやザフィーラたちは、今は他の業務にへと当たっていた。仕事に慣れるにはいいことだろう。 これは、早く仲間として打ち解けあうようにと考えた、はやてからの提案である。 突然、管内に音が鳴り響く。 「わぁ!!」 その音に思わず、イスから転げ落ちるヴィータ。 「なにがおきたの!?」 エィミィが画面を見る。そこには考えられない次元の乱れが生じている。 「なんなの?これ…」 一方その頃…。 「なのはは今年の冬はどうするの?」 「うーん。クリスマスパーティーが家のと管理局のでかぶっちゃってるんだよね」 寒い風が吹く夜の街を、フェイト・T・ハラオウンと高町なのはが歩いている。 学校と魔法世界での二重生活を始めてもうすぐ、二年がたとうとしていた。 まるで夢のような出来事が、ずっと続いている。 魔法を使えるようになり、そして恐ろしい怪物と戦って、フェイトちゃんや、はやてちゃんとであった…。 いろんな人に出会い、様々な経験をした。 今日も何事もなく時間だけがすぎていく。世界は平和に満ちている。 あたりはクリスマスの色に包まれていた。街路樹に光がともり、サンタさんが風船を配っている。 フェイトは、そんな町の風景が気になるのだろうか、目を輝かしている。 それもそうだろう。 まだフェイトちゃんにとってはすべてが目新しいはずだ。 今まで彼女の母親がフェイトちゃんを統制していたのだから。 「フェイトちゃん、ひとつもらっていこっか?」 「え…」 自分の珍しい視線が見られていたことを知って、恥ずかしさに頬を染めるフェイト。 だがそのフェイトの手をひいて、なのはは駆け出していた。 「あんな、かわいい子が…強力な力を持つ魔法少女ねー。人は見た目に寄らないもの…か」 白髪で狐目の鋭い瞳をした小柄な男子が二人の後ろを見ながら唱える。 その格好はどこにでもいる普通の学生のようだ。 彼が片手に持つ一つの本。 それは『蠅の王』である。 「人間って言うのは、自分達の世界だけじゃ飽きたりない傲慢な生き物だよね。まったく」 その少年は邪悪に満ちた笑みを浮かべ、頭上を見上げる。 …その黒い夜の闇の中。 月の輝きの隣に赤く禍々しい色をした星がそこにあることを誰も知らない。 「祭の邪魔は誰にもさせないよ…」 目次へ 次へ
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オークション会場は地獄絵図を展開していた。 突然動き出した操り人形達。そいつらの虚ろな瞳と錆びた短剣から逃げ惑うオークションの参加客。 大抵の者達は自らの陥った状況を理解出来ず、ただ闇雲に逃げ惑っていた。 血の結界によって閉鎖空間となったホールに在りもしない逃げ場を求めて駆け回り、椅子に躓いて転倒し、二階の客席から転げ落ちる。 そして足や腕を負傷して、呻き、ただすすり泣くだけの憐れな子羊と化して徘徊する悪魔達から逃れる為に神に助けを請い続けた。 しかし、そんな彼らはまだ幸運な方だった。 皮肉にも、不必要に動かなくなった彼らは混乱の中で奮戦するなのは達にとって保護しやすい対象となる。 賢い者達は、この状況でなけなしの理性を保ち、冷静さを失わなかった者達だった。 恐怖に先走らず、動き鈍い人形達を警戒して、壁を背にして器用に逃げ回っていた。 ――そして最も愚かなのは、混乱し、『他人を犠牲にしてでも助かりたい』と自分勝手に行動する者達だった。 「ど、どけっ! 邪魔だぁ!!」 肥満体を必死で動かし、逃げ惑う人々を掻き分けて、時には迫り来る<悪魔>の前へ囮として突き飛ばす。 「落ち着いて! 必ず助けます、混乱しないで下さい!!」 懇願にも似たフェイトの警告も、冷静さを欠いた自己保身のみに動き続ける者の脳には届かない。 一部の暴走した者達が被害と混乱の拡大を促し、なのはとフェイトはそのフォローに行動を割かれる最悪の展開となりつつあった。 混乱を振り撒いていることも自覚せず、肥満体は走り続ける。 これまでの人生のように、自分の身の為だけに奔走する男は混沌の中で助かる道を見つけ出した。 誰もが逃げ惑う中、ただ一人周囲の<悪魔>達を打ち倒し続ける男がいる。 「頼む、助けてくれ! 金なら幾らでも払う!!」 二挺の銃型デバイスを振り回し、この地獄の中でも決して鈍らない力の輝きを放つその存在へ、彼は縋り付いた。 自らの仕事を遂行していたダンテは、男の必死な形相を一瞥する。 「――金か。確かに、今丁度要り様なんだ」 「だろう!? この場の誰よりも高く払うぞ! だから、私を助けるんだ!!」 「OK、助けてやるぜ。そら、危ない」 そう言って、笑いながらダンテは彼をサッカーボールよろしく蹴っ飛ばした。 文字通り豚のような悲鳴と共に肥満体は軽々と宙を飛び、壁に激突して沈黙する。そのコンマ一秒後に男の居た場所に投げナイフが突き刺さった。 意識と数本の歯を引き換えに男は命を救われ、次の瞬間ダンテの魔力弾が射線の先にいた人形を粉砕した。 「やりすぎです」 「おっと失礼。人命優先ってことで許してくれ」 狙って蹴ったものか、すぐ傍にいたなのはが気絶した男に防護結界を張る中、さすがに顔を顰める様子にダンテは嘯いてみせる。 皮肉を込めた返答に、なのはは困ったように沈黙するしかない。 自己保身の為の暴走で、被害が増えることをこれで抑え、同時にこれは本人の安全の為にもなる。 やり方は乱暴だが、ただ敵を倒すのではなく周囲に気を配っているダンテの戦い方を、なのはは信頼しつつあった。 「この敵のこと、何か知ってるみたいですけど……っ」 「悠長に説明してる暇はないが、一つだけ言っとくと、客を逃がそうなんて思うなよ。外にコイツらがいない保証はないぜ」 「……分かってます」 内心、ダンテに援護を頼み、自分が結界を砲撃で破壊するという考えもあったなのははそれを改めた。 結界の得体がまるで知れない以上、砲撃の出力調整のミスは余剰エネルギーによる建物の破壊とそれに次ぐ崩落の危機を招くし、脱出を求める客の行動が更に被害を拡大させる事は想像に難くない。 自分でも焦りがあることを自覚し、なのはは冷静になるように努めた。 しかし、このままではジリ貧なのは確かだ。 室内戦に適したフェイトが持ち前のスピードで混戦の中奔走することで、未だ死者だけは出ていないが、それは多少の幸運も関わっての結果だ。 この状況が続けば、疑問に思わざる得ない。 果たして、サイコロを振って同じ目を出し続けることが何時まで出来るのか――? その答えはすぐに出た。 「――ッ! 危ない!」 ディバインシューターでまた一人の客を襲おうとしていた敵を撃破したなのはは、そのすぐ傍で抱き合って蹲る老夫婦を見つけ、意味のない警告を発した。 別の人形が二階からナイフを振り上げて飛び降りようとしている中、神に祈るしかない彼らは一歩も動かない。 「ディバイン……っ!」 「避けろ!」 すぐさま次弾の魔力を練り上げるなのはを、不意にダンテが突き飛ばした。 一瞬遅れて、飛来したナイフがなのはの頬を掠める。 鍛え上げられた危機回避能力が無意識に体を動かし、なのはは反射的に形成した魔力弾をカウンターで撃ち出してしまった。 自分を攻撃した敵を素早く粉砕し、しかし次の瞬間絶望的な失敗を悟る。 「あ」 なのはに残された行動は、そんな間の抜けた言葉を漏らして視線を老夫婦に戻すことだけだった。 悪魔の人形が嬉々として彼らに飛び掛る。 それはあの二人の死を意味する。なのに唯一それに気付く自分はもう何も出来ない。 すぐに形成しようとする次の魔力弾は、完全に間に合わず。 なのはの目の前で、ついに犠牲が出ようとして――。 「させるかぁ!」 間に割り込んだユーノの展開するバリアによってそれは防がれた。 「ユーノく……っ」 「なのは、打ち上げるよ! 墜として!」 「――!! 分かった!」 意外な乱入に驚愕するよりも先にユーノの声がなのはの体を突き動かし、魔法を行使させた。 ユーノは左腕で展開したプロテクションで人形の体ごと攻撃を受け止め、右腕をフィールド系の魔法で防護する。 そして振り抜いた拳は、貧弱な腕力よりも障壁の反発作用によって、枯れ木で出来た人形の体を軽々と宙へ弾き飛ばした。 「シュート!」 放たれた桃色の弾丸が、空中で標的をバラバラに爆砕した。 10年ぶりのコンビネーションを成功させたなのはとユーノ、互いに幾つもの感情を交えて視線を交差させる。 交わしたい言葉や疑問は幾つもあった。 「――敵の動きを止める! 一気にカタをつけるんだ!」 「――分かった!!」 しかし、言葉など交わすまでもなく、今この場で最も必要な判断と行動を二人は無意識下で互いに理解し合っていた。 ユーノとなのは、二人は自分の成すべき魔法を準備する。 「フェイトちゃん、勝負を掛けるよ!」 混戦の中、貫くように走るなのはの声をフェイトは聞き逃さず、その真意も間違えない。 ここぞという時の為に控えていた高速移動魔法を発動させ、フェイトはなのはの空白の時間を埋めるべく疾走する。 制限時間のあるフェイトのフォローの間に、なのはは独り敵を撃ち続けるダンテにも声を飛ばした。 「敵の動きが止まります! 合わせて!!」 端的ななのはの言葉に、ダンテは目配せ一つで応じてみせる。 そして、ユーノの魔法が完成した。 「いくよ! <レストリクトロック>!!」 集束系上位魔法が発動する。 指定区域内の対象を全て捕縛するバインド。発動と同時に、ホール内で動く全ての<悪魔>と、逃げ惑う人間を纏めて無数の光の輪が捕らえた。 敵味方問わない無差別な捕縛だが、その対象数を考慮すれば信じられないほど高度な魔法技術であることは明白だった。 魔女の釜の如き混沌とした空間が唐突に全て制止される光景に、それを待ち構えていたなのはすら圧巻される。 実戦から退いていたとはいえ、成長したユーノの実力はなのはの予想を超えるものだった。 一瞬呆けてしまう中、ダンテの純粋な感嘆の口笛だけが軽快に響く。 「なるほど、こいつはスゴい。食べ放題ってワケだ」 「数が多い! 守って五秒!」 「三秒で十分さ」 不敵に笑うダンテの両腕が集束された魔力を帯びて赤く発光し、スパークを放ち始めた。 我に返ったなのはがすぐさま魔力弾を周囲に形成する。フェイトによって稼がれた貴重な時間を使い、用意した弾数は倍近い。 「いくぜ?」 「今っ!」 言葉も交わさず、互いに相手の射線を把握し、自分が撃つべき標的を捉える。 「Fire!!」 「シュート!!」 引き絞られた弓のように、満を持して二種類の光が解き放たれた。 真紅と桃色の光弾が乱れ飛び、敵だけを正確に捉えてそれに直撃し、呪われた人形を吹き飛ばす音が連続した爆音となりホールを埋め尽くす。 一瞬にして一方的な破壊の嵐が暴れ回る。動けなくなった人々の悲鳴はその中に埋もれていった。 そして、束の間の嵐が過ぎ去った時、後に残るのは人間だけだった。 あれほどいた<悪魔>は一匹残らず消し飛び、敵の全滅を示すようにホールの扉を覆っていた赤い結界は音を立てて砕け散る。 「――BINGO」 唐突に取り戻された静寂の中、ダンテは舞台の幕を閉じるように、これ見よがしに銃口から立ち昇る煙を口で吹いて見せたのだった。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十四話『Cross Fire』 「――うん、そう。こっちの戦闘は終了したよ。重軽傷者は多数、でも死者は出てないから」 状況から考えれば奇跡的とも言える結果を確認したなのはが通信を行う中、ユーノ達はホールのステージ付近に集められた客の様子を見て回っていた。 結界が解除された今、何人かは外に出ることを強く主張していたが、外でも戦闘があったことを告げるとすぐに黙り込んだ。 誰もが回避された惨劇に安堵し、同時にジワジワと実感を持って蘇る恐怖の余韻に身を強張らせていた。 「すぐに救護隊が来ます。それまで辛抱して下さい」 「腕が……腕が折れてるんだっ! 早く治すよう言ってくれ!!」 フェイトは無用なパニックを起こさないよう笑顔を振り撒き、客の一人一人に声を掛けていたが、似合わないタキシードの中年が泣き付いて来て対応に困っていた。 重傷者に治癒魔法をかけるユーノを指して、男はただひたすら腕が折れていることを主張し続ける。 「すみません、重傷者が優先なんです。それに、彼が働いているのは善意で……」 「うるさいっ! 分かっているのか!? 腕が折れてるんだぞ、腕が……っ!」 「へえ、そうかい。痛むのか?」 辛抱強く落ち着かせようとするフェイトの横から、ぬっと腕が伸びて、迫る男の肩を押さえ込んだ。折れた腕の方の肩を。 走り抜ける激痛に、男は言葉を忘れて奇怪な悲鳴を上げた。 しかし、ダンテはそんな様子を尻目に優しい笑顔を浮かべながら、加減もせずにポンポンと肩を叩く。 「ああ、確かに痛そうだ。だが、こんな美人に怪我の心配をしてもらえるんだから、男ならやせ我慢の一つも見せなきゃな?」 呆気に取られるフェイトの前で、ついに泡を吹き始める男の顔に何を感じ取ったのか、納得するようにダンテは頷いた。 「そうか。分かってくれて嬉しいぜ」 「相手は怪我人なんですよ……?」 「怪我人なら他に山ほど居るさ。甘やかす歳でもないだろ」 諌めるフェイトに、ダンテは全く悪びれもせずに笑って見せたのだった。 様子を伺っていた周囲の者達の間で飛び交う自分勝手な文句が鳴りを潜める中、ダンテ達はなのはの元へと集まった。 「とりあえず、応急処置は施したよ。命に関わる怪我の人はいないね」 「ありがとう、ユーノ君。それに……久しぶりだね」 「うん。僕も、驚いたよ」 なのはとユーノの二人の間に何とも言えない空気が漂った。 二人が顔を合わせるのは実に久しぶりのことだったし、大人になって少しずつ言葉を交わし辛くなりつつあった中、窮地において変わらず心を通わせ合えたことが嬉しかった。 「……ポップコーン買って来るか?」 「しっ、少しだけそっとしておいて上げましょうよ」 そして、傍らで一連のシーンが終わるまで待ち惚けを喰らう二人を思い出して、なのはとユーノは我に返った。 顔を赤らめながら咳払い一つ。お互い、心なし距離を取り合う。 冷静になった。今は、こんな悠長なことをしている場合じゃない。 「それで、あの……」 「ダンテだ。職業は便利屋。ここにはお偉いさんの護衛に雇われて来た」 どう切り出したものか、と伺うなのはの様子を察して、ダンテは手短に自己紹介を済ませた。 基本的な質問には幾らでも答えられるが、<悪魔>に関してはどう説明したものかと顔に出さずに悩むしかない。 それに、敵のいなくなった今でも何か違和感が残って仕方ない。 先ほどから、さりげなく走らせる視線に護衛すべき男の姿が一向に捉えられないのも気になった。 「さて、アンタらも何から聞いたらいいのか分からないって顔だが、俺もどう話せばいいもんか悩んでてね」 「そうですね……とりあえず、わたしは高町なのはといいます。機動六課所属の分隊長をやっています」 「ナノハ、ね――アンタらの知り合いにヴィータやザフィーラって奴がいれば、話は早いんだが」 ダンテは全く期待せずにその名前を出したが、三人は一様に驚きの視線を彼に向けた。 「知ってるんですか、ヴィータちゃんのこと!?」 「……まさか本当に知り合いなのか?」 「同じ部隊の所属です。それに、ダンテさんはひょっとしてティアナと知り合いじゃないですか?」 「オイオイ、ティアまでいるってのか? 冗談が現実になりやがった」 「やっぱり。ティアナは外で警備に当たってます。よければ、会いますか? その方が話もしやすいと思うし」 「ハハッ、いいね。感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」 そう言って破顔するダンテの表情を、これまでの見せ掛けではない純粋な笑顔だとなのは達は感じた。 そこにはティアナに対する確かな親愛の情があった。 目の前の得体の知れない男に抱く最後の不信感が消えていく。 不法所持の可能性があるデバイス。自分の部下と共通する戦闘スタイル。そして何より、その力。 警戒に値する要素は幾つもあるが、それを打ち消しているのはたった今判明した彼の人間関係と、何より彼自身の人柄だった。 悪い男ではない。なのははようやく、何の隔たりもない友好的な笑みを浮かべることが出来た。 「お話、聞かせてもらってもいいですか?」 「ああ、美人の尋問なら大歓迎だね。望んだとおり、再会出来たしな」 オークションが始まる前、偶然出会った時の言葉を思い出して、なのはとフェイトは苦笑した。 「それじゃあ、わたしはダンテさんを連れて外で合流してくるから、フェイトちゃんは救護班が来るまでここで待機してね」 「分かった」 「ユーノ君も。わたし達が守る側の人間なんだから、無理はしないで」 「……うん、分かったよ」 なのはの仕事としての言葉に、ほんの僅かな寂しさを感じながらユーノは頷く。 ダンテと共に未だ危険の残る前線へ歩み去っていくかつての少女の背を眺め、彼は昔とは違う自分達の関係を改めて噛み締めていた。 「気をつけて、なのは……」 その時、その瞬間、異なった場所で多くの出来事が歯車のように連動して動き出していた。 ただ一つ、ヴィータの立つ光の届き切らない薄暗い空間を除いて。 ホテル<アグスタ>の地下駐車場は、外の喧騒から隔離されているかのように音の死んだ静寂に満ちていた。 「野郎……」 ヴィータは視線を落としたまま悪態を吐いた。それは彼女の足元に広がるモノのせいだった。 血だ。 正確には死体と血だった。 このホテルの警備員の服を着た幾つもの肉の塊が、暗闇の中にあってどす黒い血の海に沈んでいた。 散らばったパーツを集めればきっと人間が出来るに違いない。原形を留めぬほどバラバラにされた憐れな死体だった。 自分の考え得る最悪の事態が起こったのだとヴィータは悟った。 ホテルへの搬入口のある地下の更なる奥。死んだ血と肉の放つ臭いはそこからも漂ってくる。 ヴィータはすぐさまデバイスの通信機能をOFFにした。非常灯だけが照らす暗闇の中、集中を乱す邪魔を入れたくない。 血溜まりに足を踏み下ろし、びちゃっと響く不快な水音を無視して歩みを進めた。 本来ならパニックに陥るような惨状の中、ヴィータの思考は逆に冷たく、静かになっていく。 無血鎮圧を第一とし、非殺傷設定によってそれを成す管理局の魔導師は生々しい死への耐性が足りない。もし新人達ならば、この場で冷静ではいられなかっただろう。 しかし、ヴィータは古代ベルカの騎士であった。 人が死ぬ時、必ず安らかに眼を瞑ったまま逝けるのではないことを知っていた。人は、何処までも汚く殺せる。 そういう意味で、この場に転がる死体はむしろ綺麗だとすら感じた。 (一人も、生きちゃいないのか……?) また一つ、死体を見つけた。 体から離れた位置にある腕がハンドライトを握り締め、別の場所に転がる自分の頭を照らしている。 その死に顔は苦悶のそれではなく、ただぼんやりとした驚きだけがあった。 自分の死にも気づいていないような呆けた表情が逆に不気味ですらある。 しかし、ヴィータの気を引いたのはその死相ではなく、この死体を生み出した手段だった。 (すげえ断面だ。シグナム並の腕じゃねぇか) 戦士としての純粋な感性が、不謹慎にも目の前の死に対して感嘆を漏らしていた。 何らかの刃物による切断。死因はそれに違いない。しかも、相手に苦痛を感じさせる間もなく一瞬で人体をバラバラにするような斬撃だ。 柔らかい人肉を、鉱物を切るように鋭利な平面で切り分けている。『斬った』というより『スライスした』という表現が相応しい。まるでトマトのように。 (雑魚とは違うか……) グラーフアイゼンを握り締める手に、力と緊張が加わった。 自分の戦った有象無象の<悪魔>どもに出来る芸当ではない。 何らかの大物が待ち構えている―――半ば確信した警戒心を抱き、ヴィータは更に足を進めて行く。 敵がもう立ち去った、などと楽観的な考えは欠片も浮かばなかった。 この奥には何かが居る。進むごとに増していく、ただ存在するだけで発せられる圧迫感のようなものが感じられるのだ。 死臭が強くなり、終着が近いことを示していた。 物音が聞こえる。 何かを漁るような音だ。やはり、敵の目的はオークションの品物か? 足音と気配を殺して、並び立つ支柱に隠れながら近づき、ヴィータはついに辿り着いた。 一台の輸送車の近くに転がる死体。おそらく二人分だ。血とパーツの量が多い。 輸送車の二台は扉が鋭角に切り開かれている。周囲には投げ捨てられたコンテナが幾つも転がっていた。 その荷台の前に佇む、人影が一つ。 「――動くな。両手を見せながら、ゆっくりと振り返れ」 完全に背後を取れる位置に立ったヴィータは、静かく端的に告げた。 人影の小刻みな動きが停止する。 やはり何かを探していたらしい、コンテナに差し入れていた手をゆっくりと取り出すと、そのまま力なく垂れ下がった。 「頭の位置まで上げろ」 ヴィータは再度命令したが、その人影は従わなかった。代わりに背を向けながらも自分に発せられる殺気が感じられる。 コイツは降伏なんて考えちゃいない――ヴィータはそう悟ったが、不用意に攻撃的になることはなかった。 現状、自分は有利な位置にある。それを確保し続ければいい。 何かを仕掛けるつもりなら警戒するべき両手も、ヴィータの位置からはハッキリと確認出来た。 右手は無手。左手には問題の得物を握っている。 鞘の形状からシグナムと同じ片刃の剣。しかし、レヴァンティンより反りが深い。 「振り返れ。ゆっくりだ」 その言葉には、目の前の人影も従った。 足の動き、手の位置、相手の向ける視線の向きまで用心深くヴィータは観察する。 見上げるほどの長身と広い肩幅、そして露わになった服の上からでも分かる屈強な胸板が男であることを示していた。 動きと合わせて揺れるコートの裾。 視線が自分を捉えた瞬間増した殺気と圧迫感。 そして、完全にヴィータと向き直り、その顔を見た瞬間驚愕が冷静さを吹き飛ばした。 「お、お前……っ!?」 見開いた眼に映る男の顔は、信じられないことにヴィータにとって見知ったものだった。 「例の<アンノウン>と同質の魔力反応です! でもこれは……数値が桁違いです!」 「極小規模の次元震を感知! 信じられません、数メートルの範囲内で安定、継続して起こっています!」 「数メートル……『あの化け物』の体格とほぼ同じか」 矢継ぎ早に届く報告を必死に脳内で処理しながら、グリフィスはモニターを睨み付けた。 たった今出現した反応の出所がそこに表示されている。 リニアレールでの事件以来、サーチャーに改良を加えることでノイズ交じりとはいえ不可解な映像妨害を克服したモニターが可能になっていた。 センサーに何の前触れもなく出現したソレは、対峙するティアナ達を大きく上回る巨躯で佇んでいる。 牛の頭と人間の肉体を持つ、全身を炎で包まれた化け物――信じ難い存在が現実に具現していた。 「次元空間の航行や転送を行う際の波長にも似ています」 「というと、あの怪物は他の次元世界から転送されて来たのか?」 「『された』というよりも、今も転送『され続けている』と表現した方がいいような――」 「なんだ、それは? …………アレは、本来現実に存在しないものが無理に存在し続けている?」 グリフィスは自分でも支離滅裂な言葉だと思いながらも、その表現が最も正しいように感じた。 これまで確認された<アンノウン>は、倒れた後に例外なく消滅する。まるで最初からこの場には存在していなかったかのように。 それが正しい認識であったとしたら? 本来この世界に存在出来ないはずのものが何らかの切欠や力によって現れ、力尽きることによって再び元の場所へ還されて行くのだとしたら? ――だとすれば、あの化け物どもが本来居る筈の世界とは一体どんな場所なのか? 次元空間にすら隔てられず、現実と夢の境のように決して越えられないのに紙のように薄い境界――その先に存在するというのか。 「馬鹿な……」 言葉とは裏腹に、グリフィスは滲み出る嫌な汗を拭った。 これ以上考えても混乱するだけだ。今は、状況に対処しなくては。 「ヴィータ副隊長は?」 「残存勢力探索の為、地下に向かいました。通信はカットされています」 「呼び出し続けろ。探索が終わり次第、スターズFの援護に」 思考を切り替えたグリフィスに応じるように、はやての通信モニターが展開された。 『状況は把握した。現場にはなのは隊長が向かっとるから、スターズFには専守防衛を命じて到着まで持たせるんや』 「しかし、これを相手に援護も無く、新人だけでは……っ!」 『敵の奇襲の恐ろしさはさっき分かったやろ。後手の対応に回る以上、配置は下手に動かせん』 はやての声は平静そのものだったが、内心では予想外の出来事の連続に頭を抱えているだろうとグリフィスには予想出来た。 人情家の部隊長は決して指揮者向きの性格ではないが、だからこそ自らへの厳しい戒めによって冷徹であり続けようとする。 ならば自分に出来ることは、違える事無く命令を下し、前線の者達に出血を強いるだけだ。 「<アンノウン>動き出しました! スターズFと交戦開始!」 「――防御に徹し、<アンノウン>をその場に繋ぎ止めろ。ホテルには絶対に近づけるな。その命を賭けてでも!」 部隊長の言葉を代弁するグリフィスの命令が厳かに下された。 「ティア、来るよ!」 動き出した燃える山のような牛の化け物を見て、スバルは傍らのパートナーに悲鳴のような警告を発した。 正直、スバルの心には不安と恐怖しかなかった。 幼い頃に出会った炎の怪物は、あの時と変わらず――むしろあの時よりもハッキリとした存在感を持って目の前に敵として立ち塞がっている。 得体の知れない恐怖が全身を支配し、こんな時自分を支えてくれる筈のパートナーは先ほどから様子がおかしい。 唐突に突き付けられたティアナの過去の真実と、初めて見た彼女の豹変振りが思考をかき乱して、スバルから冷静さ奪っていた。 今の彼女を戦場に繋ぎ止めているのは、課せられた任務に対する使命感だけだ。 見た目通りの闘牛のような勢いで突進してくる炎の塊を前に、スバルはそれ以上言葉を続けられず、咄嗟に回避行動を取った。 一瞬早く、ティアナもその場から跳び退いている。 しかし、二人の意思は噛み合わなかった。 意図せず互いに正反対の方向へ跳び、ティアナを案じていたスバルとは違い、ティアナは自身で躊躇わず判断した。 それが、二人の行動の暗明を分けた。 「うわぁああああっ!?」 すぐ傍を駆け抜けていくバックドラフトのような高熱の風。二人とも直撃回避は成功させていた。 しかし、全身に纏わりつく炎の余波にスバルは悲鳴を上げる。 恐怖による竦みと一瞬の判断の遅れが、スバルの足を引いたのだ。 荒れ狂う熱と風に吹き飛ばされ、地面を転がるスバルをティアナは一瞥もしなかった。 「<悪魔>がぁ……っ」 炎の悪魔を睨みつける瞳には怒り。 だがそれは、仲間を傷つけられたなどという優しさに基づいたものではなく。 「邪魔をするな!」 炎の向こうへ消えた仇に届かぬ無念と絶えぬ憎悪。 邪魔をするなら死ね。 立ち塞がるなら死ね。 <悪魔>は全て――滅んで果てろ! 「邪魔を」 カートリッジ、ロード。 「するなァァァーーー!!」 体の奥から吹き上がる感情の嵐をそのまま吐き出す。 クロスミラージュが銃身を加熱させ、銃口はでたらめに吼えまくって、憎しみの弾丸を凄まじい勢いで発射し続けた。 高圧縮された魔力弾が敵の強固な皮膚を突き破り、確実に体内へ潜り込んでいく。 しかし、巨大な体格はただそれだけでティアナの魔力弾の威力を散らした。単純に効果範囲が狭い。弾丸が小さすぎる。 カートリッジ一発分の弾丸を撃ち尽くしても、揺るぎもしない敵の巨体を見上げ、ティアナは舌打ちした。 振り返る炎の山。その両腕に全身の覆う火炎が集束し、物質化するという在り得ない現象が起こる。 炎が形作った物は、その体格に見合うほど巨大なハンマーだった。 外見だけで鈍重な速度と、それに反比例するとてつもない威力が想像出来る。直撃すればダメージどころか原形も留められない。 その凄惨なイメージを思い描いて、しかしティアナは笑う。 いつだって笑ってきた。追い詰められた時でも不敵に、アイツのように。 ――その笑みが、いつも思い描くダンテのそれとは全く異なる凄惨なものだということに、ティアナ自身は気付いていない。 《GYYYYAAAAAAAAAAAAA!!》 この世界の何処にも存在しない怪物の雄叫びが響いた。 ハンマーを振り上げ、地響きを起こしながら敵が迫り来る。 眼前で、燃え盛る塊が振り下ろされた。 「デカブツがっ!」 隕石が自分の真上から落下してくるような圧迫感に悪態を吐きながら、ティアナは横っ飛びする。 《Air Hike》 更にもう一段。クロスミラージュの生み出した足場を蹴って、空高く飛翔した。 そして、爆音。 ティアナの立っていた場所を振り下ろされたハンマーの先端が抉り取る。 インパクトの瞬間響いたのは比喩ではなく、爆発と同じ音と衝撃だった。破裂するように着弾点から炎が噴き出し、周囲を焼き尽くす。 二度のジャンプで大きく距離を取っていなければ、ティアナも余波で火達磨になっていただろう。 《Snatch》 だが判断ミス一つで直結する死に、ティアナは何の感慨も抱かない。憎しみだけが今の彼女を突き動かす。 空中で放たれた魔力糸のアンカーが敵のハンマーの先端を捉えた。 次の攻撃の為に得物を振り上げる敵の動作に応じて糸を縮め、二つの力に引き寄せられてティアナの体は空中を移動する。 ハンマーが最頂点を描く軌道に達した時、タイミングを合わせてアンカーを解除した。 丁度竿に釣り上げられるような形で宙に投げ出されたティアナは、計算し尽くされた軌道と姿勢制御で地面に着地する。 その位置は、完全に敵の背後を取っていた。 「もらった……っ!」 アンカーを放つ傍ら、魔力を集中し続けていた右腕を、満を持して突き出す。 オレンジから赤へと変わりつつある魔力のスパークが迸り、その凶暴な力の奔流を無防備な敵の後頭部に向けて解き放った。 通常の魔力弾を倍近く上回る破壊力が、振り返ろうとする敵の顔面に直撃した。 次々と炸裂する魔力光の中でへし折れた牛の角が宙を舞う。 確かな手応えにティアナは残虐な笑みを浮かべ――光の中から真っ赤な炎が一直線に噴き出して来た。 《Round Shield》 咄嗟にクロスミラージュの展開したシールドが火炎放射の直撃からティアナを守った。 しかし、片目と角を失いながらも口から炎を吐き出す敵の反撃は、シールドごとティアナを飲み込もうと、濁流のように噴き出し続ける。 「ぐ……がぁあああああああああああ゛あ゛ああ゛あああーーーっ!!」 シールドを維持しながら吐き出す苦悶の声はすぐに悲鳴へと変わっていった。 確かに展開した壁によって炎の直撃は避けている。しかし、遮られた炎が消えるわけではないのだ。 拡散し、周囲の空気を焼き尽くした炎は間接的にティアナを蝕んでいた。 相手の魔力を弾くタイプの防御であるシールドは、炎や冷気のような流動的な攻撃を完全には防げない。 更に、魔力によって形成された炎は全身を覆うフィールド系の障壁ともいえるバリアジャケットすら侵食する。耐熱効果など気休めにしかならなかった。 血液が沸騰して湯気となり、皮膚を突き破ると錯覚するような激痛が全身を襲い続ける。 地獄のような時間を、ティアナはただひたすら耐えた。 魔力も体力も、精神力さえ消耗していく中、憎しみと殺意だけが無尽蔵に膨れ上がる。 「殺……して、やるぅ……っ!」 ティアナの執念が、無限に続くような地獄を切り開いた。 高熱の奔流が去った後、周囲が焼き尽くされた中で尚もティアナは立っていた。 「――カートリッジ、ロード!!」 唾さえも蒸発して掠れた声。それでもハッキリと戦意に満ちた叫びが響いた。 クロスミラージュに残されたカートリッジを全てロードする。 今のティアナにはこれだけの魔力を制御する技術は無い。しかし、今必要なのはあの巨体を貫けるだけの純粋なパワーだ。 引き攣った皮膚の下、苦痛を伴って全身を駆け巡る魔力と共に、残された自分自身の魔力もかき集めて両腕に集束する。 ティアナはただ集中した。 視線の先で、再び敵が体当たりを敢行しようと動き出しても。 ティアナはただ信じた。 ――自分だけの持つ力を弾丸に込める。それは必ず敵を打ち倒す。 「あたしの力は、<悪魔>なんかに負けない!!」 どれほど歪んでも、我を忘れても、心に残り続けていた信念を支えに、ティアナは決死の表情で眼前の敵を睨みつけた。 炎の塊が猛スピードで迫り来る中、回避など考えずに、ただ敵を撃ち抜くことだけに集中する。 「やめろぉっ!!」 結末の決まりきった無謀な激突を止めたのは、復活したスバルだった。 青白い<ウィングロード>が突進する真っ赤な巨石に向けて真っ直ぐに伸びる。その上をスバルは我武者羅に駆けた。 体の痛みや恐怖を忘れ、悲壮なまでの覚悟とそれに応じたマッハキャリバーの力によって疾走する。 「リボルバー、シュートォォーーーッ!!」 本来なら遠距離用の魔法を、敵と接触する寸前の零距離で発動させる。 炸裂した衝撃波が纏った炎を吹き飛ばし、同時にその突進を停止させた。 魔力を湯水のように放出し続け、圧倒的な質量の違いを持つ相手にスバルは拮抗する。 「ティ……ティア! 逃げてぇっ!!」 気を抜けば一瞬で弾き飛ばされしまいそうな圧力の中、スバルは必死に背後のティアナへ呼び掛けた。 その悲壮な声を――ティアナは、聞いてなどいなかった。 「うぁああああああああああああああっ!!」 吐き出される魂の咆哮。 暴走する魔力を無理矢理展開した術式で練り上げ、今の自分に使える最大攻撃魔法を発動する。 振り上げた銃口の周囲に、環状魔方陣の代わりとなるターゲットリングが形成され、その一点へ全ての魔力が集結される。 レーザーサイトが標的を捉え、その射線の近くにスバルの姿があることを気にも留めず、ティアナは憎しみで引き金を引いた。 「ファントム・ブレイザァァァーーーッ!!!」 かつてない魔力の奔流が解き放たれた。 放たれた光は一直線に燃え上がる敵の体の中心を目指す。進路上にいるスバルが何も分からずに弾き飛ばされた。 自分を助けた仲間さえ避けず、直進し、ただ破壊するだけの狂気の一撃は狙い違わず<悪魔>を飲み込んだ。 炸裂した魔力光と炎の残滓が撒き散らされる中、直撃を確かめたティアナは凄まじい脱力感に膝を付く。 全ての力を使い切っていた。何もかもあの一撃に乗せた。 ティアナの顔に再び笑みが、力無く浮かぶ。 ただ一色に染まっていた視界は、脱力と同時に他の色を取り戻し始めていた。 現実が見えてくる。 逃がした仇。職務を逸脱した行為。管理局員の身の上で一般人に発砲し、挙句仲間まで背中から撃った。 権力を持つアリウスが訴えれば、自分は機動六課どころか管理局にもいられない。 例えそうでなくても、パートナーを撃った時からもう決定的なものを手放してしまった。 全てが絶望的なまでに現実で、同時にもう何もかもが夢のようにどうでもよくなり始めた。 だから、ティアナは笑う。笑ってやる。 どんな時でも。 それしか出来なくても。 「……スバル」 顔を動かすのも億劫な脱力感の中、視界に倒れたスバルを見つけて未練たらしく声が漏れた。 彼女をあの様にしたのは自分だ。 もう何も取り戻せない。 それでも、ティアナはスバルの元へ駆け寄ろうと足に力を入れ、 《GYYYYAAAAAAAAAAAAA――!!》 「え」 二度と響かないはずの悪魔の咆哮が聞こえ、見上げた先には片腕でハンマーを振り上げる炎の巨体があった。 成す術も無く眼前に巨大な炎の塊が振り下ろされた。 直撃ではなかったが、先ほども予想していた余波の威力――炸裂と同時に広がった衝撃波と爆炎をティアナは自ら味わうことになった。 力の抜けた体がゴミ屑のように吹き飛ばされ、宙を舞って地面に激突する。 口の中で血と砂の味がした。 「なん……で……?」 ただひたすら疑問だけが頭を掻き回していた。 自分の最高の一撃が、確かに標的に直撃するのが見えた。バリアの類も確認出来ない。当たったはずなのに……。 ティアナは必死の思いで顔を上げた。 視界に捉えた敵の姿は、やはり確かに攻撃を受けた痕があった。 巨体から右腕が消え失せている。ファントムブレイザーの直撃を右手で受けたらしい。先ほどの攻撃が不発だったのも、片手だった為軌道を誤ったのだ。 しかし、それだけだった。 「はぁ……?」 ティアナは性質の悪い冗談を聞いたかのように、引き攣った笑みを浮かべた。 全身全霊を賭けた一撃が。全てを代償にした一撃が。 たった腕一本と引き換えだというのか? 「なによ、それ……」 原因は、何も複雑なことなどなかった。単純明快極まりない。 ――ただ威力が足りなかっただけ。 「なんなのよ……それっ」 自分の引き出せる最高の力が。限界を超えた想いが。なんてことは無い、至らなかっただけなのだ。 それで、一体どうしろというんだ? この単純な問題を解決する方法は? 新しい戦法を考える、敵の弱点を突く、罠を仕掛ける――どれもこれも根本的な解決になどなってやしない。 「畜生……」 倒せるだけの攻撃が出来なければ意味が無い。 それが出来ない自分の力に、意味など、無い。 「ちっきしょぉ……っ!」 拳を握り締め、無力感に打ちひしがれながら、ティアナはただ惨めに呻くことしか出来なかった。 手負いの獣と化した敵が鼻息も荒くティアナににじり寄る。鼻息はやはり炎だった。 ――終わりか。 支えていたものが何もかも折れた。 急激に沈んでいく意識の中、迫り来る死を見上げる。 ――全部、お終いか。 傷付いた体ごと、諦めが全てを沼の底へ沈めようと、下へ下へと引きずり込んでいく。 これ以上上がらない視界の中、敵のハンマーが持ち上がって見えなくなった。一泊置いて、今度こそ確実な死が自分を押し潰す。 それを受け入れようとした、と――。 《Divine Buster》 意識が途切れる寸前、見慣れた桃色の光が視界を満たした。 「シュート!!」 なのはの砲撃が一直線に飛来して、ティアナに振り下ろされる寸前だったハンマーの先端を跡形も無く吹き飛ばした。 「間に合った!」 「ハッハァ、まるでバズーカだな!」 初めて見る高位魔導師の砲撃魔法の威力に、腕の中でダンテが歓声を上げる。 ホテルから文字通り飛び出して、ダンテを抱えたまま飛行して現場に急行したなのはは、その体勢のまま敵の頭上へと急上昇した。 「ティアナをお願いします!」 「任せな」 敵の真上を獲ったところで手を離す。 空中に身を投げ出したダンテは、敵に向かって落下しながら両手のデバイスを突き出した。 「自分で燃えるとはいい心がけだ。ミディアムにしてやるぜ!」 怒りの弾丸が放たれる。 空中で錐揉みしながら真下に向けての速射。ガトリング機構の回転を全身で再現しているようなでたらめな銃撃は、雨となって敵の巨体に降り注いだ。 なのはの射撃魔法が質量なら、ダンテの射撃魔法は物量。湯水の如く吐き出され続ける魔力弾が燃え盛る<悪魔>の肉体を削り取る。 苦悶の叫びを上げながら吐き出された火炎をエアハイクによって回避すると、ダンテはそのままティアナの前へ立ち塞がった。 「……やってくれたな、牛肉野郎。ハンバーガーの具になりな」 傷付き、倒れたティアナの姿を一瞥して、再び敵に視線を向けた時にダンテが浮かべた表情はハッキリと怒りだった。 <悪魔>は須らく敵だ。 そして、目の前の存在はもはや絶対に逃がすことすら許さない敵となった。 倒れたスバルの状態を確認し、なのはもまた彼女を守るように立ち塞がり、確固たる敵意を炎の怪物に向けた。 二人の魔力がお互いのデバイスに集中する。 「Fire!」 「シュートッ!」 真紅の雷光と桃色の閃光が同時に敵へと飛来した。 例えこれを耐えたとしても、二人分の火力で押し切るつもりだった。怪我人を抱えて、下手な機動戦は出来ない。 しかし、敵の対応は予想を超えていた。 燃える山が、空を跳ぶ。 「嘘!?」 「Damn!」 なのはが目を見開き、ダンテは悪態を吐きながらも素早くティアナを抱きかかえてその場を離れた。巨体の落下先はこちらだ。 跳躍したこと自体信じられない大質量が落下し、地面が激震した。 自らがハンマーそのものであるかのように、落下の衝撃と同時に爆炎が撒き散らされる。 背中にビリビリとした振動と高熱を感じながら、ティアナを庇う形で余波を凌ぎ切ったダンテは振り返り様デバイスを突き付けた。 「……ヤバイぜ」 冷や汗と共に再び悪態が口を突いて出た。 敵は既に次の行動に移っていた。 燃え盛る巨体の周囲。その炎に呼応するように、幾つもの魔力の集束が地面に点となって発生していた。それらは丁度敵を中心に円を描いて配置されている。 噴火寸前の火山のように、真っ赤に変色していく魔力の集中点。 「ダンテさん! ティアナ!!」 シールドと内側を覆うフィールドで二重の防御魔法を展開しながら、なのはは絶望的な気持ちでカバーが届かないほど離れた位置に居る二人を見た。 ダンテが同じ真似が出来るほど高度な魔導師とは思えない。下手な防御は重傷のティアナに死に繋がる。 思案する間もなく、敵の周囲を地面の魔力集中点から噴き出した炎の壁が覆った。 そのまま炎の壁は波紋のように周囲350度全方位に向けて広がっていく。 空へ逃げない限り回避も出来ない。防御しか残されていなかった。 ダンテとティアナを案じる中、なのはの視界も炎だけに埋め尽くされる。 「くぅぅ……っ!」 展開した二重の防御が、なのはとスバルをかろうじて守り切っていた。 フィールドによる温度変化阻害効果がなければ、加熱した空気によって、気絶したスバルには更に深刻なダメージが行っていただろう。 単純な魔力攻撃よりも、属性付加されたこの類の攻撃は厄介だ。対処方法も限られる。 果たして、ダンテはこの攻撃からティアナを守れるのか? 不安に急かされる中、なのははダンテ達の居た場所へ視線を向け――そして見た。 炎の中に在って、尚も赤い血のような魔力の瞬きが見える。 フィールドと炎のフィルター越しに、やはり眼の錯覚なのかと疑うしかない中で、しかしなのはは見ることになる。 地獄の業火の中で、決して飲み込まれない真紅の光を放つ一点。 かろうじて見える人影の背中に、<悪魔>のような翼が生えていた。 《―――GUAAAAAAAAAAA!!》 火炎地獄は、敵の悲鳴によって唐突に終了した。 周囲を覆いつくす炎の中から、突如飛来した真紅の魔力弾によって残された眼を潰され、顔面を抑えて無茶苦茶に暴れ回る。 同時に、荒れ狂っていた炎は急速に鎮火しつつあった。 障壁を解除し、なのはは一瞬の勝機を読み違わず正確に捉えた。 「レイジングハート!」 《All right. Load cartridge.》 コッキング音と共に二発分のカートリッジが排夾される。 敵の巨体を見越した高威力の砲撃魔法をセレクトし、なのはは漲る魔力を集束した。 それは、奇しくもティアナが実現し得なかった巨大な敵を撃ち貫けるだけの純粋なパワー。 《Divine Buster Extension》 凶悪な光がレイジングハートの先端に宿る。 「シューーートッ!!」 通常のディバインバスターから発展・向上した貫通力と破壊力が唸りを上げて襲い掛かった。 圧倒的な密度と量を誇る魔力が巨体の上半身を飲み込み、消し飛ばす。 今度は<悪魔>が『原形を留めないほどの威力』を味わう番だった。 跡形も無くなった半身。足だけになった敵は、全身を覆っていた炎を自らの活動と共に停止させ、冷えてひび割れた鉄のように黒ずんで、やがて崩れ落ちた。 ヒュゥ、という口笛が聞こえ、見るといつの間にかダンテが炎に飲まれる前と同じ位置に立っていた。 彼自身にも倒れたティアナにもダメージは見られない。何らかの力で守り切ったらしい。 あの攻撃をどうやって退けたかは分からない。 やはり、あの真紅の光は錯覚だったのか。あの姿は見間違えだったのか。それとも――。 まあいい。全ては後回しだ。なのはは疑念を棚上げすることにした。 「……こちら、スターズ1 <アンノウン>の撃破に成功しました。スターズF両名負傷、すぐに救護を寄越してください」 やはりいつものように、交戦を終えた後は何の痕跡も残さない敵の特性のまま、完全な静寂を取り戻した空間でなのはは本部に通信を繋げた。 一方のダンテは、全身を襲う軽い脱力感をおくびにも出さず、デバイスを納めて背後を振り返った。 「とんだ再会になっちまったな……」 傷付き、眠るティアナに届かない言葉を掛ける。 目を閉じた横顔は決して穏やかなものではなく、気絶する前に抱いた悔しさに歪んでいた。 眠る時にすら安らぎは無いのか。あまりに不器用な生き方を続けるティアナの姿に、ダンテは困ったように笑うしかない。 視線を移せば、<悪魔>は完全に消滅している。 ティアナには荷の重い相手だった。上位悪魔の具現化など<この世界>に来て初めてのことだ。 おそらく管理局にとって最も大きな<悪魔>との戦いはたった今終わった。 しかし。 管理局との本格的な接触、より大規模になりつつある<悪魔>どもの活動――少なくとも、ダンテにとってこれは何かの始まりに過ぎなかった。 確実に敵と断定できる男を相手に面と向かい合い、ヴィータは凍りついたように動けなくなっていた。 それほどまでに、目の前に立つ男は――その男の顔は彼女に衝撃を与えたのだ。 忘れたくても忘れられない。 悪夢のような夜に出会い、最悪の遭遇をちょっとした奇跡の対面だったと思わせてしまう男。 襲い掛かる闇の中に在って<彼>の浮かべる笑みは、戦いの中では頼もしく、平穏の中では刺激を感じる。 純粋に、また会いたいと思った。 言葉を交わし、互いを知り合えば、きっと友人になれる――ヴィータがそう思うほどの男が、何故か今目の前に立っている。 「なんでだよ……?」 だが、こんな形の再会を望んだワケじゃない。 「……<ダンテ>」 闇の中にあって酷く映える銀髪と、何者にも屈しない瞳を持ったその顔を呆然と眺め、ヴィータは呆けたように呟いた。 服装と髪型は変わっているが、その顔は間違いなくあの夜眼に焼き付いた物と同じだ。 ただ一つの違和感――彼の性格を主張する不敵な笑みが、その顔には欠片も浮かんでいないということを除けば。 「――ダンテ?」 僅かに訝しがるような反応が返ってきた。 聞き慣れない低い声色に、ヴィータは我に返る。 目の前の存在を呆然と受け入れていた心に、猛烈な違和感が湧き上がってきた。 何かが違う。果たして、ダンテはこんな声を出していたか? 会話をリズミカルに弾ませるものではなく、鋼のように一方的な声を。 「そうか」 一言発する度に、重なり合っていたダンテと目の前の男がズレていく。 一人、何かに納得するような呟きを漏らすと、男は僅かに笑みを浮かべた。 ヴィータの全身が総毛立つ。今や、彼女は完全にダンテと目の前の存在を別物と断じていた。 形ばかりで何の意味もない笑みの形。正しく冷笑と呼べるそれは、ダンテが浮かべるものでは決してない。 「テメェは……誰だっ!?」 ヴィータは咄嗟に身構えた。本能が告げる。この男に隙を見せてはならない。 しかし、彼女の動揺は男にとって十二分な隙となった。 男が左手を振り上げる。あまりに無造作なその行為に、ヴィータは一瞬反応出来なかった。 男は風が吹くのと同じように一切の感情や意図を排して自然な動作で手の中の得物を放していた。 丁度、自分に向けて投げ渡されるように飛んで来る武器。それに意識を逸らされ、ヴィータは半ば無意識に手を伸ばして掴み取っていた。 そこからは一瞬の出来事だった。 意識を男に戻した時、既に彼は動いていた。ヴィータとの間合いを音も無く瞬時に詰める。シグナムが得意とする斬撃の踏み込みに匹敵する超高速の初動だった。 鞘の部分を掴んだままヴィータの手の中にある剣を、そのまま素早く引き抜く。 露わになった刀身は波紋を持つ片刃。<日本刀>の型を持ちながら、ただの鋼ではない全く異質な雰囲気を持つ武器だった。 闇の中に銀光が閃き、ヴィータ自身にさえ視認する間もない速さで刃が走る。 それが、腹部を貫いた。 「が……っ! ぶっ」 肉を裂く音と共にヴィータの小柄な体が無残にもくの字に折れ曲がる。 血が喉を逆流して、食い縛った口から外へ溢れた。 バリアジャケットを易々と貫通し、刀は完全にヴィータを串刺しにしている。 「テ、テメェ……は……っ」 グラーフアイゼンが音を立てて主の血に濡れた地面へ転がる。 ヴィータは必死に男を見上げた。ダンテと同じ作りの顔に冷酷さが加わり、無慈悲な変貌を遂げた眼光が淡々とこちらを見下ろしている。 ヴィータは初めて戦慄した。 あの時頼もしいと感じたダンテの力を、全く反対のベクトルに変えて備えた存在が眼の前に居る。この<敵>は危険だ。 「何……なん、だっ!」 苦悶の中に決死の覚悟を宿しながら、ヴィータは自分の腹に突き刺さった刀身を握り締める。 懸命なその姿を、しかし男は嘲笑いもせず、ただ冷徹な意思のまま刀を更に奥へと抉り込こんだ。ヴィータが激痛に喘ぐ様を尻目に、肩を掴んで無造作に刀を引き抜く。 広がった傷口から血が噴き出し、ヴィータは自らの血溜まりに力無く倒れ込んだ。 「ダンテ……奴も<この世界>にいるのか」 僅かに愉悦を含んだ独白を漏らし、力を無くしたヴィータの手から取り返した鞘に刀を収める。 倒れた彼女にはもはや一瞥もくれず、輸送車の荷台に戻ると、探していた物を取り出した。 それは赤い宝石をあしらったアミュレットだった。 死の静寂を取り戻した闇の中、ただじっとそれを見つめる男の視線には何処か感慨深いものが感じられる。あるいは第三者が見ればそう錯覚するかもしれない、長い沈黙だった。 『――目的の物は手に入ったかね?』 不意に、その沈黙は破られた。 男の傍らに出現した通信モニターにはスカリエッティの姿が表示されている。 彼の視線から隠すように、男はアミュレットを懐に忍ばせた。 「……ああ」 『これで、君の探し物が一つ見つかったワケだ』 「ああ」 『では、すぐに退散した方がいい。アリウス氏も目的を達したようだ。彼の置いていった目晦ましはたった今倒されたよ』 「分かった」 『では。寄り道をしないで戻って来てくれると助かる――<バージル>』 通信が切れると、バージルはすぐさま踵を返して、予め告げられた撤退ルートに向けて歩き出した。 闇の中に彼の姿が消え、やがてその靴音も聞こえなくなると、本当の静寂が暗闇と共に辺りを満たした。 もはやピクリとも動かなくなったヴィータの傍らで、グラーフアイゼンの通信機能がONになる。 『ヴィータ副隊長、救援要請が出ていますが!? ……副隊長、応答してくださいっ!』 通信を繋いだのはデバイスのAIが主の危機に際して独自に判断して行ったものだったが、もはや通信の意味は無くなっていた。 オペレーターのシャリオが異常事態を察して必死に呼びかける声にも、倒れ伏したヴィータは応えない。 主の生命反応が徐々に低下していく事態を感じ取りながら、グラーフアイゼンはただひたすら緊急信号を発し続けることしか出来なかった。 『お願いです、応答して下さい! ヴィータ副隊長! 応答して――!』 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> フレキ ゲリ(DMC2に登場) 犬の系統にある動物ってのは総じて忠誠心が高いと言われてる。忠犬を主役にした映画やアニメは結構在るよな。 <悪魔>ってのはその対極にあると言っていい。 奴らにあるのは力の有無だけだから、どいつもこいつも好き勝手に喰い合って、強い弱いで生きる死ぬが決まっちまう。まあ、分かりやすいといえば分かりやすい弱肉強食だ。 そんな自分勝手な奴らの中でも変わった<悪魔>ってのはいるもんだ。それがこの二匹だ。 <悪魔>でありながら同じ<悪魔>に付き従う、珍しい忠誠心を持った忠犬ならぬ忠狼ってワケだ。 従属心が強いせいか、他の<悪魔>のように好き勝手暴れることがない。御主人様が別に居るとはいえ、忠誠に値するなら人間にも一応従うみたいだしな。 人間サイズの大きな体格とそれに見合わない素早さが、狼そのものって感じの単純な攻撃パターンを強力なものにしてやがる。 おまけにコイツらは必ず二匹行動するらしい。狼の狩りのように鋭いコンビネーションは決して油断できないぜ。 なかなか厄介な相手だが、こんな奴らさえ付き従える<悪魔>ってのは更に厄介極まりない相手なんだろうな。 前へ 目次へ 次へ
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魔法少女フルメタなのは 第二話「流れ着いた兵士達」 ミッドチルダの首都クラナガン。その一角にある時空管理局機動六課隊舎。 先程まで静寂で包まれていたこの場所だが、今ではエマージェンシーコールが鳴り響く騒がしい場所となっている。 「何が起こったん?」 作戦室に入ってきたのは六課の部隊長にしてオーバーSランク魔道士、八神はやてである。「強大な次元振反応を確認、その同地区に大型の熱源が出現するのを感知しました。」 「場所は?」 都市部の外れ、廃棄都市区画です。」 はやての問いに、六課メンバーのシャーリーとグリフィスが答える。 「スターズ分隊を目的地に調査に向かわせてや。ライトニング分隊は出動準備のまま待機や。」 「了解。」 六課フォワードメンバー・スターズ分隊は輸送ヘリ「ストームレイダー」で廃棄都市区画へと向かう。 「ねぇティア、次元振はともかくさ、大型の熱源て何だろうね?」 スターズメンバーの一人、スバル・ナカジマが言う。 「アンタね、それの調査があたし達の仕事でしょ!?」 同じくスターズメンバー、ティアナ・ランスターが呆れ気味に答える。」「あ、そっか。」 「ハァ…アンタは本当にいつもいつも…」 あっけらかんと言うスバルに対し、ティアナは嘆息する。 「にゃはは…まぁガジェットの反応もないし、それ程危険な事にはならないよ。」 スターズ分隊長、高町なのははそんな二人を見て、苦笑しながら言う。 「でも何があるのかは分からねぇんだ。あんまし気を抜くなよ。」 スターズ副隊長、ウ゛ィータが忠告する。 「「はい!!」 「ったく、返事だけは一人前だな…」 「にゃははは…」 とても任務中とは思えない空気のまま、ヘリは目的地に到着した。 「データだとこの辺りの筈だよ。」 「あっ、あれじゃねぇか?」 ヘリから降り、バリアジャケットを装着した四人は、少し広い場所に倒れていた“それ”を発見した。 「これって…ロボットっていうやつ?」 そこにあったのは、8メートル程の大きさの白と灰色の二体の鉄の巨人だった。 「うん…一般的にそう言われる物だろうね。」 ティアナとなのはは静かにそう呟く。 が、スバルはというと… 「すっごーい!!!ねぇねぇティア、ロボットだよロボット、くぅ~かっこいいー!!」 子供のようなはしゃぎっぷりであった。 「うっさいバカスバル!!」 「あう!」 お気楽な事を普通に言うスバルに、ティアナは脳天チョップを利かす。 「はしゃいでんじゃないわよ!危険なモンだったらどうすんのよ!ですよね、ウ゛ィータ副隊長?」 ティアナはウ゛ィータに同意を求めるが、当の副隊長は、 「ああ…そうだな…」 上の空で聞き流し、目をキラキラさせながらロボットを見ていた。 「………」 完全に沈黙するティアナ。 「あ、あははは…まぁとにかく調査しないとね。」 気を取り直してロボットに近付なのは。 しかし、彼女が軽く表面に触れた瞬間、二機のロボットが光を発した。 「な、何!?」 光は機体全体を覆い尽くし、それが収まった時、そこにロボットの姿は無かった。 「あ~っ、かっこいいロボットが~!?」 「なのは、テメェ!!!」 非難と怒号を同時にぶつけるお子様コンビ。 「え、えぇ~!?」 悲しみと怒りを宿す瞳に詰め寄られ、後退るなのは。 それを呆れながら見ていたティアナだが、ふとある物を発見した。 「皆あれ見て、人が倒れてるわ!」 その言葉に騒ぐのを止める三人。そして前方を見るとロボットのあった場所に二人の男が倒れていた。一人は金髪の青年、もう一人は黒髪の少年だった。 「大丈夫ですか!?」 急いで駆け寄るなのは達。 「…大丈夫、生きてるよ。ロングアーチに連絡、至急医療班を!」 生命反応を確認し、指示を飛ばすなのは。 「ふぅ、あとは…ん?」 連絡を終え、倒れている二人を運び終えたスバルが、何かを見つけて拾った。 「これって…デバイス?」 「う…」 意識を回復させた宗介は、まず自分がベッドに寝かされている事に疑問を抱く。 (どういう事だ…俺はたしかアーバレストのコックピットにいて、あの光に…) そこまで思い出して、宗介は飛び起きた。 「クルツ!!」 自分を救う為に巻き添えになった仲間の名を呼び、周りを見渡す。 「すぅ…すぅ…」 隣のベッドでまだ眠っている相棒を見つけて安堵する宗介。 「クル…」 そして手を伸ばして起こそうとした時、部屋の扉が開いた。 「あ、目ぇ覚めたん?良かった~、ケガとかないのに丸一日も眠ってたから心配したんよ?」 入ってきたのはなのは、はやての二人であった。 しかし、二人の姿を確認した途端、宗介の表情に警戒の色が浮かんだ。 「君達が俺達を助けてくれたのなら、まずはその事について礼を言う。だが、ここはどこだ?君達は誰だ?」 長年の軍隊生活で身に着いた口調と癖がここでも発揮された。 それを聞いたはやて達は表情を少し曇らせる。 「ご挨拶やなぁ~、こんな美少女が目の前におるのに、他に言うことないん?」 そう言って冗談めかしてセクシーポーズをとるはやてだが、彼を知る者なら誰もが認めるミスター朴念仁の宗介に、それは通用しなかった。 「美しくてもそうでなくても、見ず知らずの人間を簡単には信用できん。第一、君は少女という年齢には見えん。」 言った瞬間、部屋の空気が凍り付いた。はやては先程のポーズのまま固まっていた。 「はやてちゃん…」友人を心配するも、掛ける言葉が見つからないなのはだった。 その後、何とか復活したはやては宗介に自己紹介と幾つか質問をし、彼が管理外世界の人間である事を確信した。 そしてここが魔法世界であるという事実は、起動したデバイスや簡単な魔法を見せることで理解させた。 「何と…だが、しかし…」 今一つ納得しきれない宗介に、背後から声がかかる。 「オメーはいい加減、その石頭を軟らかくしろよなソースケ。」 「クルツ、起きていたのか。」 クルツはむくりとベッドから起き上がり、三人の方に向き直る。 「あぁ、今さっきだがな。それより魔法の世界とはな~、ぶったまげたぜ。」 「まぁそうだろうね。私も初めて知った時は驚いたよ。」 そう語るなのはにクルツは目を向け、 「あんたも俺らと同じなのか?」と聞く。 「近いところはあるかな。ここへは私の意思で来たんだけどね。」 「ふーん。あ、それより助けてくれた事の礼をしてないな。」 「ええよ、そんなお礼なんて~。」 「何ではやてちゃんが照れるの…」 「まぁ二人とも関係してるからな、お礼は両方にしなくちゃな。では、まずはやてちゃんから…」 そう言うとクルツははやての手を取り、ゆっくりと顔を近付けて行く。 「ちょっ、クルツさん!?」 突然近寄ってきたクルツの甘いマスクに、はやては顔を真っ赤にする。「大したことはできねぇけど、せめて俺の熱いベーゼを…」 だが、彼の唇がはやてのそれと重なる事は無かった。なぜなら… 「はやてから離れろおおお!!」 遅れてやって来たヴィータが状況を瞬間的に判断、起動したグラーフアイゼンをクルツに叩き付けたからだ。 「ぐふぅ!!!」 クルツは勢いのままに吹き飛び、壁面とキスすることとなった。 そんな中、宗介は一言、 「良い動きだ。」とだけ言った。 物事に動じない男であった。 騒ぎが収まった後、はやては二人に話しかけた。 「ほんでな、今日うちらが来たのは見舞いだけやのうて、二人に話があったからなんよ。」 宗介、クルツの両名は顔を見合わせる。 「話とは、一体何だ?」 「うん。二人とも、一般人やのうて、何処かの組織と関わりのある人やろ?」 それを聞き、二人は表情を硬くする。 「何故そう思う?」 「宗介君のしゃべり方、クルツさんの着てた戦闘服、何より二人の持ってた認識票と拳銃。一般人と信じろっちゅー方が無理や。…本当の事、話してくれへん?」 何も言い返せない二人。宗介は少し考えた後どうしようもないと判断し、事情を話し始めた。 「俺達は、ミスリルという紛争根絶を目的とした組織の兵士だ…」 機密には触れない程度の情報、そしてここに来たおおよその経緯を話す。 「その光に飲み込まれた後、気付いたらここにいた。間の事は何も覚えていない。」 「…成程な。大体の事情は分かったわ。」 話を聞き終えたはやてはそう言った。 「まぁ今の話聞いたんは局員としての仕事の一環や。必要な所以外では話さんから安心してや。」 「助かるぜ、はやてちゃん。」 口元を綻ばせてクルツが言った。 「で、もう一つだけ聞きたい事があるんや。こっちは私の要望が主なんやけどな。」 「何だ?言ってみろ。」 「うん。君達二人、魔道士になる気はあらへん…?」 続く 戻る 目次へ 次へ
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新暦71年4月29日、この日、ミッド臨海空港が炎に包まれた。 それは初めは小さな火だったが、すぐに建物全てに燃え広がる業火と化した。 炎は逃げ遅れた人々を遠慮なく焼き、その命をデスの下へとへと引きずり込む。 この青い髪の少女『スバル・ナカジマ』もまた、その炎に包まれた空港の中にいた。 「お父さん……お姉ちゃん……」 スバルは泣いていた。 父を求め、姉を探し、既に火の海と化している空港内を彷徨いながら、ただ泣いていた。 死の恐怖や孤独、もちろんそれも泣いている理由には含まれるが、他にももう一つ理由がある。 先程炎の中で一瞬だけ見えた、炎を纏った人型の巨大な何か。それが辺りに火をつけながら移動するのを確かに見た。 おそらくあれが、ミッドチルダで最近確認され始めた異形……モンスターなのだろう。 モンスター達が多くの人々を殺す。その事実がスバルが泣くのに拍車をかけている。 自分も殺されるのだろうか? 瓦礫の爆発がスバルを吹き飛ばしたのは、ちょうどそんな事を考えていた時であった。 爆風は子供を吹き飛ばすには十分すぎるほどの威力。その爆発によって、スバルは天使像の正面まで吹き飛ばされた。 「痛いよ……熱いよ……こんなのやだよ……帰りたいよぉ……」 スバルはただ、泣いていた。 光がやみ、次にグレイが見たものは辺りを焼き払う炎。 彼は辺りを見回し、落ち着いて自分の今置かれている状況を確認する。 まず理解したのは、ここが建物の中だということ。広さはミルザブールの街にあった城と大体同程度だろうか。 次に理解したのは、どうやら今は何らかの理由で火事になっているということ。 真っ先にイスマス城での事件を思い出すが、あれはモンスター軍団の襲撃によるもの。これとはおそらく無関係だ。 続いて装備を確認。自分が使っていたディステニィストーン『邪のオブシダン』と『水のアクアマリン』がなくなっていた以外は万全の状態だ。 そして最も重要なこと……一緒に来たはずの仲間が周りにいないということを理解。 転移の時に事故でも起こって散り散りになったのか、それともグレイから見えないだけで近くにいるのか。今はそれを確認できる状況ではない。 「……全く、エロールもふざけた事をしてくれる」 とにかく出口を探すべく、すっかり手に馴染んだ古刀を手に歩き出した。 Event No.01『ミッド臨海空港』 ピシィッ。 天使像の根元にヒビが入る。それも不幸なことに傾いている方向は正面……すなわち、スバルのいる方向だ。 だが、当のスバルはそれに一切気付かない。今もこの場で泣き続けている。 「助けて……誰か、助けて!」 ここにはいない誰かへと助けを求めるが、それを聞き届けられる者は誰もいない。 さらに悪いことに、それを嘲笑うかのようにヒビが像の表面へと面積を広げていく。そして―――――ビキィッ。 スバルが音に気付き、後ろを見る。そしてその目に自分への直撃コースで倒れてくる像を見た。 自分の死が確実になっていると本能で理解し、とっさに目をつぶってうずくまる。そんな事をしても何にもならないと分かっているのに。 そして、その像はスバルを―――― 【レストリクトロック】 ――――押し潰さなかった。 「よかった、間に合った……助けに来たよ」 いくつもの光の輪が、倒れこむ天使像を縛り上げて落下運動を封じる。 その後ろ上方には、白い服に身を包んだツインテールの女性……『高町なのは』の姿。彼女の使った魔法が像を止めたのである。 そしてなのははスバルの所まで下りていくと、優しく笑ってスバルを安心させる。 「よく頑張ったね、えらいよ」 死を覚悟したときに来てくれた助け。それはスバルの緊張の糸を切り、再び泣かせるのには十分だった。 但し、今度の涙は先程までのものとは全く違い、恐怖ではなく安堵で流したものだが。 「もう大丈夫だからね……安全な場所まで、一直線だから!」 『上方の安全を確認』 防御魔法『プロテクション・パワード』で護られたスバルを背に、なのはが愛杖『レイジングハート』を構える。 レイジングハートが上空を確認。彼女(AIが女性の人格なので、彼女としておこう)が言うには、上は安全。 それはつまり――――思い切りブチ抜いても問題は無い、という事だ。 「レイジングハート、一撃で地上まで撃ち抜くよ!」 『All light. ファイアリングロック、解……』 空港の天井をブチ抜くべく、デバイスの制限であるファイアリングロックを解除しようとする。 だが、その寸前にレイジングハートが何かの反応を検知。一瞬の後にはその正体を理解し、なのはに報告していた。 『マスター、人間とモンスターの反応を確認しました』 「え!? レイジングハート、数と方向は?」 『数はそれぞれ一つずつ。うち一つはあの少女のいる方向から接近していまs「グオオオォォォォォォ!!」 レイジングハートがそれを言い終える頃には、既にそのモンスターが近くまで来ていた。 魔族系モンスターの中でも高位に位置する炎の魔人『イフリート』。それがそのモンスターの名だ。スバルが見たモンスターというのもこいつである。 「あ、ああ……」 スバルの顔に恐怖が蘇り、へたり込む。 だが、そんな事など知らぬとばかりにイフリートが拳を振り上げた。 【ヒートスウィング】 拳を思い切り横に振り抜き、炎を纏った拳撃を放つイフリート。それを見たスバルは反射的に目をつぶる。 だが、どうやら今日のスバルは「潰されそうになるが潰されない」というパターンに縁があるらしい。 あらかじめなのはが張っていたプロテクション・パワードがスバルを護る。いくらイフリートの攻撃でも、さすがに一発や二発では壊れはしない。 「グルルルゥゥゥ……」 防がれたことを本能で理解するイフリート。どうやらかなり苛立っているようだ。 だが、執念深いモンスターはその程度では諦めない。再び拳を振り上げる。 どうやら一度で駄目なら壊れるまで叩くつもりのようだ。 そして再び―先程までは気付かなかったが、斬撃の痕がついた―拳を振り下ろした。 「させない! アクセルシューター……」 それを視認したなのはが、すぐさま自身の周囲に光弾を形成。その数、およそ十。 目標、スバルへとヒートスウィングを繰り出そうとするイフリート。光弾の発射準備完了。 「シューーーート!」 そして、一斉発射。 その光弾は狙い過たず(外れていたとしても遠隔操作できるが)イフリートへと接近し、そして―――― 【アクセルシューター】 【強撃】 まるで示し合わせたかのようなタイミングで、なのはの魔法ともう一つの反応の主……グレイの斬撃が決まった。 時間は少し遡る。 グレイはこの世界に着いてから、ずっと空港からの出口を探していた……が、一向に見つからない。 まあ、彼はここの構造を知らない上に、出口に繋がっているであろう道も炎や瓦礫で閉ざされているのだから当然ではあるのだが。 おまけにマルディアスにいた炎関連のモンスターまで襲い掛かってくるのだから、そのせいでさらに時間が浪費される。 ……と、またモンスターが近寄ってきた。外見からしておそらくはイフリート。だとすればかなり厄介な相手である。 幸い、以前戦った時にイフリートは聴覚で相手を探しているということを知ったので、やりすごすのは楽だ。一対一でこんなものの相手をするのはかなり骨である。 息を殺し、身を潜め、イフリートが通り過ぎるのを待つ。そしてイフリートが通り過ぎ……る前に、あるものを発見。 グレイがその目に捉えたのは、泣きじゃくるスバルの姿。悪いことにイフリートの進行方向にいる。 彼は必要とあらば人殺しすら厭わない性格だが、さすがに目の前で子供が襲われるのを見過ごすほどの冷血漢ではない。 【光の腕】 だからこそ、刀からの光線をイフリートめがけて放った。 それは見事に直撃し、さらに着弾箇所がパァンと起爆。イフリートを怯ませる。 この行動は、スバルが助かったという意味では吉だったが、グレイにとってはおそらく凶。今のでイフリートに気付かれてしまった。 戦闘開始である。 【払い抜け】 先手を取ったのはグレイ。刀を構え、素早く横をすり抜けるように斬りつける。 そしてその勢いに乗ったまますぐに離脱。何せ相手がどれ程の怪力かは身をもって知っているのだ。喰らったら到底ただでは済まない。 ふと、熱と焦げ臭いにおいを感知。発生源である右腕を見ると、火がついていた。 「ちっ……なるほど、セルフバーニングか」 火を消しながら、この火の原因を理解する。そういえばイフリートは常時火の防御術である炎のバリア『セルフバーニング』を張っていた。 幸い火のダメージも、皮膚の表面が少し焼けただけで大したことはない。 いずれにせよ、下手に近付けばセルフバーニングで焼かれる。ならば離れて光の腕などで攻撃すべきか? そう考えていると、いつの間にかグレイの体が宙に浮いていた。そのままイフリートの正面へと引き付けられる。 (まずい……!) グレイは何度かこの技を見ていたし、受けたこともあったからその正体を知っている。 この技は高位の大型魔族が扱う大技『コラプトスマッシュ』。簡単に言えば目の前まで相手を浮かせ、ラッシュを叩き込むという技だ。 だからこそ、すぐに離れようとするが体が動かない。どうやら念力か何かで引き寄せているようだ。 【コラプトスマッシュ】 ズドドドドドドドドドォン! グレイの体にイフリートからのラッシュが入る。一発だけでも相当の威力があると音で分かるような打撃だ。並の人間なら軽く死ねるだろう。 そのままラッシュの勢いを殺さずにグレイを放り投げ、空港の床へと叩きつけた。その箇所を中心にしたクレーターの出来上がりである。 これで死んだだろうと思ったのか、イフリートがグレイへと背を向けてスバルの方へと歩いていった。 だが、イフリートは一つ大きな誤算をしていた。 「まだ、だ」 それは、グレイがこれで死ぬほどやわではないということ。 確かに普通ならこれで死んでいた。だが、グレイは長旅の間に大いに鍛えられていたのだ。それこそイフリートのような高位モンスターとも真っ向から戦える程に。 もっとも、これでダメージが少ないという訳ではない、というかむしろかなりのダメージを受けているのだが。 イフリートはそんなグレイに気付かず、スバルへと接近。そして咆哮。ヒートスウィングを繰り出すが、それはプロテクション・パワードで止められた。 一方のグレイは刀を杖代わりにして立ち上がり、再び構えてイフリートへと駆ける。 そして、イフリートが二発目のヒートスウィングを放とうとした時―――― 【アクセルシューター】 【強撃】 全くの偶然だが、なのはの攻撃と同時に強烈な一撃を見舞った。 「人……? レイジングハート、もしかして」 『先程キャッチした反応と一致。どうやら彼があの反応の主のようです』 なのはがグレイの姿を見て、先程のレイジングハートの報告を思い出す。そういえば人間とモンスターの反応が一つずつと言っていた。 すぐにその事を問うと、返ってきたのは肯定の意。どうやらもう一つの反応の主はグレイで間違いないらしい。 手に持っている刀と状況から察するに、おそらくイフリートの腕に斬り傷を付けたのも彼だろう。 そのような事を話している間にグレイがなのはに気付き、言葉を発する。 「あの子供とは別の人間だと……?」 グレイが知る限りでは、先程までなのはの姿は無かった。それなのにここにいる。 ならばスバル同様にここに迷い込んだか、もしくは何かの目的があってここに乗り込んできたか、である。 この火災を起こした張本人という可能性も一瞬考えたようだが、それを考え出すとキリがないのですぐに切り捨てた。 それに……今はそんな事を考えている場合ではない。なぜなら、 【ヘルファイア】 イフリートはこの二人の思考が終わるのを待つほど律儀な相手ではないのだから。 なのはとグレイ、この二人からの攻撃はイフリートをキレさせるには十分。怒りに任せて火炎弾を放った。 グレイはこうなることも予想していたのか、重傷の体にムチ打って回避する。 【プロテクション・パワード】 一方のなのはも、すぐさまプロテクション・パワードを展開。ヘルファイアを受け止めた。 このバリアはヒートスウィングでも受け止められる程の強度を持つ。ならば最下級クラスの攻撃術くらい、防げない道理は無い。 「魔法盾だと? イージス……いや、セルフバーニングか?」 それを見たグレイが驚く。このような術はマルディアスでは見たことが無い。 一瞬セルフバーニングや盾を作り出す土の防御術『イージスの盾』が頭に浮かぶが、どちらとも全く違う……ならばこの世界特有のものだろうか? いずれにせよ、こんな事を考えている場合ではない。それよりもイフリートをどうにかする方が先だ。 炎の中で炎の魔物を相手にする事ほどの下策は無い。外に放り出せば少しはマシになるだろう。 だが、グレイ一人では到底無理だ。今の満身創痍の状態はもとより、万全の状態でも厳しいだろう。 キレたイフリートの打撃を避けながら、どうやって放り出すかを考える。クリーンヒットを喰らうのと策を思いつくのでどちらが先かと思いながら。 【アクセルシューター】 「アクセルシューター、シュート!」 声とともに形成された五つの光弾が、イフリートの背に突き刺さる。声の主はなのはだ。 イフリートの出現により救助が遅れているので、いいかげんに何とかしないとここにいる二人も助けられないと思ったのだろうか。 そのままカートリッジをロードし、さらなる光弾を形成して立て続けに撃ち込む。何度も撃ち込めばさすがに参るはずだ。 ちなみに遠くからの攻撃なのでセルフバーニングの影響は無い。セルフバーニングで防げるのは炎のみなのである。 これらの攻撃は確かに効果はあった。だが、それは同時にイフリートの怒りを増幅させる。 次の瞬間、なのはの動きが止まった。その体勢のまま浮き上がり、イフリートの前へと引っ張られる。 これはもしかしなくてもコラプトスマッシュの予備動作。このままいけば徹底的にボコボコにされるだろう。 結果だけ言えば、なのははボコボコにはされなかった。 【かぶと割り】 初撃が打ち込まれる前に高く跳んだグレイが、そのまま頭をかち割るかのような一撃を見舞ったのだ。この体のどこにそんな力が残っているのだろうか。 さすがにこれには参ったのか、イフリートの束縛が外れる。その隙に距離を取った。 さらにその近くにグレイが着地し、なのはが礼を言うより前に問うた。 「おい、奴を遠くに吹き飛ばす術はあるか?」 「え……はい、それならいくつか持ってます(術……? 魔法のことかな?)」 術という聞き慣れない単語に首をかしげるも、おそらく魔法のことだろうと思って返事をする。 なのはの持つ魔法には『ディバインバスター』や『スターライトブレイカー』といった砲撃が存在する。これならばイフリート相手でも遠くへ吹き飛ばすくらいはできそうだ。 そしてその答えに満足したのか、グレイは先程思いついた策を話した。 「あの人達も、モンスターと戦ってくれてる……なのに、私は……ッ!」 スバルは未だ、泣いていた。但し、先程までの恐怖とも安堵とも違う理由で。 あの二人はあんな大物モンスターと戦っている。それも、なのはの方は間違いなく自分を助けるために。 それなのに自分は何も出来ない。それが悔しくて泣いているのだ。 もちろん、何の力も無い自分が行っても一撃でハンバーグにされるのは目に見えている。だが、それでもだ。 「もう嫌だよ、泣いてばかりなのも、何もできないのも……」 【腕力法】 気の補助術『腕力法』で腕力を高め、疾駆。後方ではなのはが杖の先端に魔力のチャージを始めている。 このまま斬りかかって来るかと思ったのか、イフリートが腕を横薙ぎに振るおうと構える。 が、その腕は結果的に空中を空振ることになった。 グレイが床に刀を突き立て、結果的にそれが軽いブレーキとなって減速。結果、そのままなら命中するはずだった腕はむなしく空を切った。 そして、それが大きな隙となってイフリートの命運を決めることとなった。 【天狗走り】 床から刀の切っ先が離れ、それが大きな反動を生む。 そして反動は巨大な運動エネルギーを生み、イフリートの体を直撃した。 エネルギーをその身で全て受け止めることになったイフリートは当然耐えられるはずもなく、空高く舞い上がった。 命中と同時に左腕が燃え上がるが、すぐに腕を振って鎮火する。 そして、その時こそがなのはの待っていた好機。すぐさまレイジングハートを空中のイフリートへと向け、そして叫んだ。 「ディバイィィィーーン…… 【ディバインバスター】 ……バスタァァァァァーーーーーー!!」 閃光。 レイジングハートの先端に集められた魔力が、光の砲撃となってイフリートへと飛ぶ。 砲撃はそのままイフリートを飲み込み、それだけでは飽き足らず天井をブチ抜く。 その結果、天井にはそのまま脱出路に使えそうな大穴が空いた。姿の見えないイフリートはおそらくそこから放り出されたのだろう。 一方の外……正確には空港付近の海面。 「グギャアアアアアアァァァァァァァ……」 海上へと浮かび、これから地獄に堕ちるような悲鳴を上げるイフリートがいた。 イフリートの体は大部分が炎でできている。それが大量の水でできている海に落ちたとすればどうなるか? 答えは簡単。今のイフリートのように体の炎が消え、そのままあの世へと逝く、である。 そうしてイフリートは消えていく体の炎とともに命も消した。 「こちら教導隊01、エントランスホール内の要救助者、女の子一名と男性一名を救助しました」 空港上空。なのはがグレイとスバルの二人を抱えて飛んでいる。ちなみにグレイの意識は無い。 コラプトスマッシュを喰らってボコボコにされ、さらにそこから無茶な戦闘。気の回復術『集気法』を使う間もなく気絶するのは無理もないだろう。 そして二人を抱えているなのはだが、その状態でも平気な顔をしている。一体どこにそんな体力があるのだろうか? 『ありがとうございます! でも、なのはさんにしては時間がかかりましたね』 相手の通信士がはずんだ声で答える。が、それと同時に疑問を返した。 救助に向かったのはエースオブエースとまで呼ばれる程の腕利きの魔導師。それにしては少し救助に時間がかかっている。 大方、要救助者がなかなか見つからなかったのだろうと思った通信士だが―――― 「……中にモンスターがいたんです。多分、かなり強力な」 ――――全く予想もしない形で返された。 『モンスター!? 何でそんなものが空港に……』 いくつかの疑問が浮かぶが、とりあえずそう聞き返す。 それに対し、なのはが返したのは沈黙。彼女にも理由などというものは分からない。 「……とにかく、西側の救護隊に引き渡した後、すぐに救助活動を続行しますね」 そう言うと、なのははすぐに救護隊の元へと飛んでいった。 戻る 目次へ 次へ
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第10話「再会は異世界でなの」 「フェイトォッ!!」 エイミィからの連絡を受けたアルフは、すぐさまフェイトの元へと駆けつけた。 幸いにも、彼女が相手をしていたザフィーラは「十分過ぎる成果を得られた」と言い残し、すぐに撤退してくれた。 その為、フェイトが倒されてからあまり間を空けずに到着する事が出来た。 彼女がその場に到着した時、そこに仮面の男の姿は無かった。 あるのは、意識を失ったフェイトとそんな彼女を抱きかかえるシグナム二人の姿だけだった。 「シグナム……!!」 「……テスタロッサの目が覚めたら、伝えておいて欲しい。 言い訳をするつもりは無い……すまなかったとな。 テスタロッサは、リンカーコアを抜かれてから大して時間は経っていない。 すぐに適切な処置をすれば、目も覚ますだろう。」 「え……あんた……」 アルフは、シグナムの言葉を聞いて少しばかりの戸惑いを覚えた。 自分達は敵同士、追う立場と追われる立場なのだ。 今、フェイトは極めて無防備な状態にある。 再起不能になるだけのダメージを負わせるなり、人質として連れ帰るなり、状況を有利に出来る手段は幾らでもある。 だが彼女は、その一切を取らなかった。 一人の騎士として、そんな卑劣な真似をしたくは無かったのか。 互角にまで渡り合えたフェイトに、敬意を払ったのか。 それとも……守護騎士として、主の名を汚したくなかったのか。 どれにせよ、シグナムが正々堂々とした態度を取っているという事実には変わりない。 「……敵同士で、こういう事を言うのもあれだけどさ。 その……ありがとうね、シグナム。」 「……礼には及ばない。」 シグナムはアルフへと、フェイトを手渡した。 そして、直後……彼女は転移呪文を使ってこの世界から姿を消した。 敵でありながらも、シグナムはフェイトの身を案じてくれていた。 アルフは、少しばかり複雑な気持ちではあったものの、その事に感謝していた。 とりあえず、何はともあれフェイトを急いで運ばねばならない。 アルフの術では、ここから時空管理局本局まで飛ぶのは流石に無理な為、エイミィに頼むしかなかった。 すぐさま、エイミィとの連絡を取ろうとするが……その瞬間だった。 突如として、激しい地響きが発生したのだ。 震源は真下……アルフの足元からだった。 「まさか!!」 嫌な予感がしたアルフは、すぐに上空へと飛び上がった。 この世界には人間は一切いないが、その代わりに大型の野生生物が多く存在している。 それが、今まさに現れようとしているのだ。 フェイトを抱えたままでは、対処の仕様が無い……彼女を安全な場所に避難させなければ。 すぐにアルフは術を発動させ、フェイトを先にエイミィの元へと送ろうとする。 「エイミィ、フェイトの事お願い!!」 『うん、もう本局に連絡は取れてるから何とかできるけど……アルフは?』 「流石に、二人一緒にってのは少し時間がかかるからね。 私なら大丈夫だよ、すぐに後から行く。」 『分かった……気をつけてね!!』 「ああ……!!」 フェイトの姿が、その場から消えた。 アルフの術によって、無事にエイミィの元へと転送させられたのだ。 後はエイミィがゲートを繋いで、フェイトを本局へと送ってくれるだろう。 これで、彼女の事は何とか安心できる……後は、自分の問題を片付けるだけである。 地響きが真下から来た事から考えれば、相手の狙いは間違いなく自分。 恐らくは、餌と認識されたのだろう。 「さあ、来るならさっさと来なよ!!」 アルフが構えを取った、その直後。 大量の砂塵を巻き上げながら、その生物は姿を現した。 青い体色の、顎が大きく発達した怪獣。 かつて、ウルトラマンジャックとウルトラマンエースの二人が戦った相手。 そしてメビウスも、その亜種と激闘を繰り広げた敵―――ムルチ。 「ギャオオオォォォォッ!!」 ムルチは口を大きく開き、アルフへと破壊光線を放つ。 アルフはそれを障壁で受け止めると、すばやくムルチの胸元へと移動した。 体格の差は圧倒的ではあるが、逆にそれが味方をしてくれた。 ムルチの巨体では、懐に入ってきたアルフに対処が出来ないのだ。 「ハアアァァァッ!!」 強烈な拳が、ムルチの胴体に叩き込まれた。 鳩尾に一撃……かなり効いている。 そこからアルフは、間髪入れずに拳の連打を浴びせた。 ザフィーラからの連戦だから厳しいかと思ったが、どうやら予想していたよりも大した敵ではなさそうだ。 アルフは少しばかりの余裕を感じた後、ムルチを沈めるべく一気に仕掛けた。 しかし……この時、彼女は思いもしなかっただろう。 もしもミライがいたならば気づけただろうが……本来ムルチは、こんな砂漠にいる筈がないなんて。 ムルチが、『巨大魚怪獣』の呼び名を持つ『水棲怪獣』であるなんて。 一応過去に一度、ムルチは地中からその姿を現したこともあるが……それでも、砂漠という環境は流石に無茶である。 ならば何故、ムルチがここで活動できているのか……その理由は一つしかない。 悪魔の魔の手は……既に、数多くの世界に広がっていたのである。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ディバインシューター!!」 『Divine Shooter』 「シュート!!」 なのはは5発ほどの魔法弾を生成し、それをレッドキングへと一斉に放った。 しかしレッドキングは、大きく尻尾を振るってその全てを掻き消す……ダメージは皆無。 その後、レッドキングは再び大岩を持ち上げると、なのはへと投げつけてきた。 遠距離にいるなのはに仕掛けるには、これ以外の攻撃手段はレッドキングにはない。 確かに命中すればダメージは大きいだろうが、流石に攻撃が単調すぎる。 なのはには、あっさりと避けられてしまった。 「パワーは凄いけど、距離さえ離しちゃえば……!!」 レッドキングの戦闘スタイルは至って単純。 怪力に任せての、荒々しく凶暴なものである。 接近戦における圧倒的不利は、目に見えている。 しかし距離さえ離してしまえば、攻撃の手段は岩を投げる以外に無い。 両者の戦い方は、完全な対極に位置している。 その事実は、なのはにとっては幸運であり、そしてレッドキングにとっては不幸以外の何物でもなかった。。 流石にレッドキングもこのままでは不利と悟り、一気に距離を詰めにかかった。 だが……レッドキングが取った行動は、走ってくるとかそんなレベルの話ではなかった。 力強く両脚で地面を蹴り、文字通りに『跳んで』きたのだ。 これにはなのはも度肝を抜かれた。 幾らパワーが持ち味とはいえ、あの巨体でここまで跳び上がれるのか。 しかもスピードがある……回避は出来ない。 なのははとっさに、障壁を出現させる……が。 「っ……キャアァッ!!」 レッドキングは、2万トンの体重を持つ超重量級の怪獣。 そのロケット頭突きには、流石に堪え切る事が出来なかった。 なのはは後方へと大きくふっ飛ばされ、派手に地面に激突する。 ヴィータにラケーテン・ハンマーをぶちかまされた時と同じ。 いや、あの時以上かもしれない破壊力があった。 不幸中の幸いだったのは、地面に激突する寸前に、レイジング・ハートが自動的に障壁を展開してくれた事。 その為、何とかダメージは軽減できたのだが…… レッドキングは、ここで追い討ちを仕掛けてきた。 大きく足を上げて、なのはを踏み潰しにかかったのだ。 ロケット頭突き以上に危険すぎる……防御の有無抜きで、命中したら致命傷は免れない。 「ギャオオオォォォン!!」 「レイジングハート!!」 『Flash Move』 とっさに急加速し、間一髪攻撃を避ける。 その直後、相当な量の土煙が吹き上がってなのはの全身を覆い隠す。 あと少し遅れていたら、確実に踏み潰されていただろう。 そのままなのはは、素早くレッドキングから離れようとする。 しかし今度は上空には飛び上がらず、低空飛行で移動している。 これは、先程のロケット頭突きを警戒しての行動だった。 今レッドキングの周囲には、大岩は勿論、投げる事の出来るような物は一切無い。 普通に考えれば、なのはを攻撃する手段は無いように思われるが……先程のロケット頭突きの様な奇襲もありえる。 そう安易に考えてはいけないのは、なのはも重々承知していた。 そしてレッドキングはというと……そんな彼女の考えどおりに、仕掛けてきた。 投げる物が無ければ、作ればいい。 そういう風に考えたのだろうか、あろうことかレッドキングは、地面を怪力で引っぺがしたのだ。 そのまま、なのは目掛けて巨大な土の塊を投函してきたのである。 土は岩に比べれば、かなり脆い。 命中まで形をとどめる事が出来ず、上空で砕け散り、無数の土砂となってなのはへと降り注いできたのだ。 「っ!!」 『Wide Area Protection』 相手が岩ならば打ち砕けたのだが、土砂となるとそうもいかなくなる。 なのははとっさにカートリッジをロードして、広域防御結界を展開した。 その直後、彼女の身に大量の土砂が降りかかった。 あっという間にその全身は土砂の中へと埋まり、姿が隠されてしまう。 土砂は大量、結界も何もなしに埋まったのではまず助からないレベルである。 だが……レッドキングは、それで満足するような怪獣ではなかった。 なのははミライから聞いたときに少しばかり疑問に思ったが、レッドキングは名前に反して『白い』体色をしている。 ならば何故、レッドキングなどという名前が名付けられたか。 それは、この上なく凶暴で『赤い血』を見ることを何よりも好むからである。 レッドキングは、極めて獰猛かつ残忍なのだ。 かつては、自分よりも遥かにか弱い存在であるピグモンを徹底的に甚振り、死に至らしめた事すらもある。 そんなレッドキングが……土砂で覆い潰したぐらいで、満足するわけが無い。 「ギャアオオオオォォン!!」 確実な死を与える為、レッドキングは両手を組んで、地面へとハンマーフックを打ち下ろした。 それも一発ではなく、何度も何度もである。 拳が叩きつけられるごとに、土砂が勢いよく跳ね上がる。 そして、およそ十発程打ち下ろした後。 レッドキングは周囲を見回して、丁度いいサイズの大岩を見つけ出した。 仕掛けるのは、駄目押しの一撃……豪快に持ち上げて、そして地面に叩きつけようとする。 これで、まずなのはは生きてはいまい……そうレッドキングは思っていただろう。 だが……その瞬間だった。 『Divine Buster』 「ッ!?」 地面の下から、レイジング・ハートの声が聞こえてきた。 直後、眩い桜色の光が地面を突き破って出現し……レッドキングの手首に命中した。 レッドキングは思わず大岩を落としてしまい、そしてその大岩がレッドキングの足の指を直撃する。 かつてミライ達も取った、レッドキングにとって最も効果的な攻撃手段の一つである。 『ギャオオオォォォン!!??』 レッドキングは足を抱えて、悲鳴を上げた。 なのはは倒されていないどころか、全くの無傷。 何故なら彼女は今、土砂の下……攻撃の届かない、深い穴の底にいるからだ。 レッドキングが追い討ちに出てくるのは、容易に想像できた。 それをまともに耐え切ろうとするのは、自殺行為に他ならない。 そう判断したなのはは、土砂で姿が隠された瞬間に、地面に穴を空けたのだ。 後は攻撃がやむまで、安全な穴の中に身を隠すだけだった。 上方の土砂は、障壁を展開する事でなだれ込んでくるのを防いでいた。 そして、レッドキングが大岩を拾いにいき攻撃が中断された瞬間。 なのはは契機と見て、仕掛けたのである。 ちなみにディバインバスターを放ったのは、外の様子が分からない現状でも、攻撃範囲が広いこの術ならば当たると踏んだからだ。 「いくよ、レイジングハート!!」 『All right』 レッドキングの悲鳴から察するに、レッドキングは怯んでいる。 またとない攻撃のチャンス……仕留めるのは今。 なのはは一気にカートリッジをロードし、レイジングハートの矛先を斜め上へと向けた。 直後、膨大な魔力が彼女の周囲に収束し始めた。 カートリッジシステムに変更してからは、これが初めてになるなのは最強の魔法攻撃。 「全力……全開!!」 『Starlight Breaker』 「スターライト……ブレイカアァァァァァッ!!」 膨大な量の魔力光が、地面を突き破りその姿を現した。 そしてそのまま、真っ直ぐにレッドキングへと向かい……直撃。 レッドキングは猛烈な勢いで、光と共に上空へと打ち上げられていった。 数秒して、レッドキングは地上20メートル程の高さに到達し……そして。 ドグアアアアァァァァァァン!!! 大爆発。 レッドキングは、見事に打ち倒されたのだった。 なのはは、スターライト・ブレイカーによって吹き抜けになった穴の底から、それを確認する。 無事に打ち倒す事が出来、ほっと一息つく。 そして、彼女が地上へと出た時……ようやくメビウスが、現場へとその姿を現した。 彼は、既にレッドキングが倒されていたのを見て、少しばかり驚いた。 流石というべきだろうか……自分の助けは無用だったみたいだ。 「なのはちゃーん。」 「あ、ミライさん。」 「レッドキング、もうやっつけちゃったんだ……来た意味、あまりなかったみたいだね。」 「にゃはは……じゃあ、早く戻りましょう。 フェイトちゃんの事が心配だし……」 「うん……!?」 帰還しようとした、まさしくその時だった。 これで二度目になる、強烈な地響きが発生した。 揺れはかなり激しい……一度目よりも大きいかもしれない。 流石に立っていられなくなった二人は、上空へと飛び上がる。 そしてその後……同時に、レッドキングが出現した火山へと視線を向ける。 二人とも、とてつもなく嫌な予感がしていた。 まさかと思うが、もう一匹何かが来るんじゃなかろうか。 確かめる為、二人はエイミィに連絡を取ろうとする……が。 「あ、あれ……?」 「念話が、繋がらない……!?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「レッドキングは倒され、ムルチも圧倒されっぱなしか。 ヴォルケンリッターを相手にした後で、よくやれる……」 広大に広がる砂漠、荒廃した建物の山々。 黒尽くめの男―――ヤプールは、自分以外には何者も存在しないこの異世界から、全てを見ていた。 そう……レッドキングとムルチを仕向けたのは、他ならぬこの悪魔だったのだ。 ヴォルケンリッターや仮面の男の御蔭で、多少なりともなのはとアルフは消耗している。 倒すのならば今がチャンスと感じ、現地に潜ませておいた怪獣を襲い掛からせたのである。 超獣は、怪獣がベースとなって作り出される生物兵器。 怪獣がいなければ、一部の例外的なものを除けば、基本的に作成は不可能なのだ。 そして、より強い怪獣がベースであればあるほど、生み出される超獣も強くなる。 そこでヤプールは、これまで異次元空間内に捕らえてきた多くの怪獣を、近辺の異世界に解き放ったのだ。 野生のままに暴れさせ、成長させる方が、より強くなるだろうと判断した結果である。 その内幾つかの怪獣には、既に軽い改造は施してある……ムルチもその内の一匹。 乾燥した、砂漠のような土地でも動けるよう改造してあったのだ。 無論、狙いはそれだけではない……今回の様になのは達が異世界に現れた際、それを撃退する事も目的である。 しかしながら、レッドキングとムルチは倒されてしまった。 ならば、次の手を打つまで……特になのはとメビウスの二人は、ここで確実に潰す必要がある。 魔力の蒐集が不可能な以上、二人は単なる邪魔者でしかない。 管理局の方に対しては、既に手は打ってある。 仮面の男が、自分達の足跡を下手に辿られない様にと、先程ハッキングを仕掛けておいてくれたのだ。 これは、仮面の男が管理局に通じているからこそ出来た裏技。 御蔭で管理局側からの増援は、当分の間食い止められる……思う存分に叩き潰す事が出来る。 ヤプールは、不適に笑い……新たなる僕を呼び出した。 「行け……ドラゴリー、バードン!!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「エイミィ……?」 一方その頃。 ムルチと戦っていたアルフも、異変に気がついた。 いつのまにか、エイミィとの連絡が全く取れなくなっている。 あのエイミィに限って、現場から離れるなんてそんな馬鹿な事はありえない筈。 そうなると……考えられるのは、何者かからの妨害行為しかない。 ヴォルケンリッターか仮面の男か、どちらかもしくは両方か、自分達の足跡を辿られない様にしたのだろう。 しかし先程のシグナムの事を考えると、ヴォルケンリッターがこんな真似をするとは考えがたい。 (いや……そうとも言い切れないか。) 一人だけ、そんな真似をしかねない者がいた。 初遭遇の日、なのはに奇襲を仕掛けてリンカーコアを抜き取ったシャマルだ。 考えてみれば、ヴィータ・シグナム・ザフィーラの三人しか異世界には姿を現していない。 ダイナに関しては別として、シャマルは先日の戦いにも、直接の参加はしていない。 完全なバックアップ担当と見ていいだろう。 それに、あまりこういう言い方はしたくないが……一人だけ、正々堂々とは言い切れない。 彼女の性格はよく知らないが、それでも十分にありえる話だ。 勿論、仮面の男が妨害行為をした可能性もある……寧ろ、こちらの方が可能性としては高い。 仮にシャマルがやったのだとしたら、何でそれを今までやらなかったのかという話になるからだ。 だが仮面の男は、先日はベロクロンのゴタゴタに紛れてだったが、今回にはそれがない。 完全な形で姿を見せたのは、これが初……ならば、彼等であるのはほぼ間違いないだろう。 タイミング的にも、十分合う。 「どっちにせよ、こいつをぶっ倒してさっさと戻ればいい話さ。 とっとと決めに……!?」 とどめの一撃を叩き込もうとした、その瞬間だった。 何処からか、「ミシリ」と何かに亀裂が走るような音が聞こえてきた。 アルフはとっさに、その音源……上空を見上げた。 見渡す限り砂漠のこの世界に、そんな物音を立てられそうな代物なんて一つもない。 ただ一つ……昨日も目にした、空を除けば。 「まさか、嘘……!?」 ガッシャアアアァァァァァン!!!! 空が割れ、その超獣は姿を現した。 地球上に生息している蛾と、宇宙怪獣とを組み合わせて誕生した超獣。 かつて、エースとメビウスを苦しめた蛾超獣ドラゴリー。 ドラゴリーは着地すると、早速アルフへと攻撃を仕掛けてきた。 唸りを上げ、両腕を振り回す。 アルフはとっさに急加速し、その一撃を逃れる。 しかしその背後には、大口を開けて待ち構えていたムルチがいた。 「ギャオオオォォン!!」 「くっ……!!」 ムルチは口を開き、破壊光線を放つ。 アルフはとっさに障壁を展開し、その一撃を受け止める。 するとここで、今度はドラゴリーが背後から仕掛けにきた。 両の眼球から光線を放ち、アルフを焼き殺そうとする。 挟み撃ち……両方の攻撃を防御しきる自信はない。 ならばと、アルフは障壁を維持したまま上空へと急上昇した。 それにより、ムルチとドラゴリー両者の攻撃は、それぞれ正面にいる相手に命中してしまう。 見事、同士討ちをしてくれたのだ。 「ギャアアァァァ!?」 「グオオオォォォン!!」 「やった……あんまり、頭はよくないみたいだね。 それにしても、どうして……!!」 何故、ヤプールの超獣がこんな異世界に現れたのか。 先日の襲撃の件も考えると、やはり狙いは自分達ということになる。 メビウスに味方する者を全滅させるつもりなのは、まず間違いない。 ヤプールが闇の書を狙っているというのなら、尚更になる。 ここで自分が倒れれば、ヤプールは簡単に魔力を手に入れることが出来るからだ。 後は何らかの形で仮面の男同様にヴォルケンリッターに接触し、それを渡せばいい。 「全く、面倒なことしてくれちゃって……!?」 ここでアルフは、言葉を失った。 その眼下では、ドラゴリーとムルチが争いあっている。 同士討ちを狙った以上、それ自体はありがたいことなのだが…… 正直言うと、これは争いとは呼びがたい。 そう、それは……一方的な虐殺だった。 両者の戦闘能力の差は、圧倒的過ぎた。 ドラゴリーはムルチを、徹底的に甚振っていたのだ。 ムルチはドラゴリーに馬乗りにされ、滅多打ちにされている。 必死になって抜け出そうと、ムルチはもがいている。 だがドラゴリーは、無情にもそんなムルチの左腕と肩を掴み……その怪力で、一気に左腕をもぎ取った 鮮血を噴出しながら、ムルチがもがき苦しむ。 しかしそれでも、まだドラゴリーの攻撃は終わらない。 今度は右腕と肩を掴み、そして勢いよく右腕をもぎ取った。 ドラゴリーは、ムルチを徹底的に八つ裂きにしようとしているのだ。 ムルチが悲痛な叫び声を上げる。 それが癪に触ったのだろうか、ドラゴリーはムルチの嘴を掴んだ。 そして……両手で一気に開き上げ、そのまま顔面を真っ二つにしたのだ。 ムルチの泣き声が止む……絶命したのだ。 「っ!!」 あまりの酷さに、つい動きを止めてしまっていたが……そんな場合じゃない。 寧ろ、敵の注意がそれている今は最大の攻撃のチャンスである。 アルフはすぐに飛び出し、全速力でドラゴリーへと向かった。 魔力を乗せた拳を、その後頭部へと全力で叩き込む。 流石にドラゴリーも、この奇襲には反応できなかった。 少しよろけ、地面に倒れそうになる……が。 「キシャアアァァァァッ!!」 そう簡単には、倒れてはくれない。 ドラゴリーは踏ん張ると、振り向き、その鋭い目でアルフを睨みつけた。 強い殺意に満ちているのが、一目で分かる。 この超獣は、ムルチよりも遥かに危険。 即座にその事実を、アルフは理解する事が出来た。 「……どうやら、最初に来た奴ほど甘くはないみたいだね……!!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「どうして、連絡が……」 「なのはちゃん、くる!!」 「あ、はい!!」 同時刻。 なのはとメビウスの前にも、ヤプールから送り込まれた刺客が現れた。 レッドキングが出現したのと同じ、火山の麓。 そこから唸りを上げ、その怪獣は現れた。 その姿を見て、メビウスは思わず声を上げてしまった。 現れたのは、ウルトラ兄弟最強と詠われた二大戦士、タロウとゾフィーを一度は葬り去った大怪獣。 メビウス自身も、かつて深手を負わされてしまった、最大の強敵が一匹―――火山怪鳥バードン。 レッドキングとは……格が違いすぎる。 「そんな……!! レッドキングの次は、バードン!?」 「キュオオオォォン!!」 バードンは高らかに泣き声を上げると、その場で強く羽ばたいた。 強烈な突風が巻き起こり、周囲の木々が次々に吹き飛ばされていく。 バードンの羽ばたきは、民家を一つ破壊する程の威力がある。 なのはとメビウスは、とっさに防御を固めるが……踏ん張りきれない。 「セヤァァッ!?」 「キャアァァァッ!!」 二人は突風に煽られ、後方へと吹き飛ばされてしまった。 特に、バードンとのサイズの差があるなのはの方は、100m以上吹き飛ばされてしまっている。 そうなると、攻撃対象が近くにいるメビウスの方となるのは必然。 バードンは大きく翼を広げ、メビウス目掛けて飛びながら迫ってきた。 その巨体からは想像がつかないほどの、とてつもない速さ。 とっさにメビウスはメビウスディフェンスサークルを展開して、バードンの嘴を受け止める。 嘴による一撃だけは、絶対に受けてはならない。 その恐ろしさがどれ程のものか、メビウスは身をもって味わった経験があった。 メビウスはすぐに間合いを離して、光弾をバードンへと放つ。 しかしバードンは、それを翼で弾き飛ばした。 そしてそのままの勢いで、メビウスに翼を叩きつける。 「グゥッ!?」 「キュオオオォォン!!」 「ミライさん!! レイジングハート、カートリッジロー……!?」 『Master!?』 「なのはちゃん……!?」 まともに胴体に打ち込まれ、メビウスが怯む。 それを見たなのはは、すぐさま助けに入ろうと、カートリッジをロードしようとした。 だが、その瞬間……異常は起きた。 なのはが胸元を押さえ、急に苦しみ始めたのだ。 顔色は悪く、汗も酷く流れ出ている……全身の震えも止まらない。 レイジングハートは、一体彼女に何が起こったのか、まるで分からなかったが……数秒して、事態を把握した。 よく見てみると、バードンの周囲の木々が枯れはじめているのだ。 『まさか……この生物は……!?』 「なのはちゃん、急いで地球に戻って!! バードンは、体内に猛毒を持ってる……このままじゃ危険だ!!」 「毒……!?」 バードンはその体内に、強力な毒素を持っている。 それが先程の羽ばたきによって、微量ながらも散布されてしまっていた。 なのはは運悪く、それを吸い込んでしまっていたのだ。 メビウスが嘴による攻撃を恐れていたのも、ここにあった。 万が一、刺されてしまった場合……直接毒素を注入されてしまうからだ。 このままでは命に関わりかねないと、すぐに撤退するようメビウスはなのはに促した。 彼女をこのまま戦わせるのは危険すぎる……バードンは、自分一人で倒さなければならない。 幸い、メビウスは空気中の毒素の影響は受けてはいない。 戦うことは十分可能……すぐに向き直り、構えを取る。 「セヤァッ!!」 「キュオオオォォン!!」 メビウスはバードンの胴体へと、蹴りを打ち込む。 バードンは少しばかり怯むも、すぐに持ち直して反撃に移った。 怒涛の勢いで繰り出される、翼による殴打の連打。 メビウスは防御を固め、反撃の隙をうかがった。 そして、その時はすぐに来た。 バードンが大きく振り被って、翼を打ち下ろしにかかる。 その一瞬の隙を狙い、メビウスは前転。 バードンの背後に回り込んで、一気に仕掛けにかかった。 「セヤァァァァッ!!」 メビウスブレスのエネルギーを開放し、拳に纏わせる。 必殺の拳―――ライトニングカウンター・ゼロ。 メビウスは勢いよく、全力でその一撃を背後から叩き込んだ。 直撃を受けたバードンは、呻き声を上げて地面に倒れ…… 「キュオオオン!!」 こまない。 とっさに地面へと両手をつけ、ギリギリのところで踏ん張っていたのだ。 その後、地面を蹴ってそのまま跳躍。 メビウスとは逆方向―――なのはのいる方へと、接近していったのだ。 肝心のなのはは、魔方陣を展開して撤退寸前だった。 しかし……この強襲を前にして、それを中断せざるを得なくなる。 とっさに、バードンを迎撃しようとするが…… 「っ……!!」 視界が霞んで、狙いが定まらない。 毒の影響が、予想以上に響いていたのだ。 ならば先程レッドキングに仕掛けた時のように、ディバインバスターでいくのみである。 なのはは気力を振り絞り、魔力を収束させる。 「ディバイン……バスタアアァァァァッ!!」 魔法光が放たれ、真っ直ぐにバードンへと向かう。 だが……その威力が、先程に比べて弱い。 毒による消耗のせいで、完全に力を出し切る事が出来なかったのだ。 バードンは迫り来る光に対し、口を開き高温の火炎を吐き出した。 ディバインバスターが、相殺されてしまう。 そのままバードンは、なのはへと接近……嘴を突きたてようとした。 なのはは、とっさに目を閉じてしまう。 しかし……その瞬間だった。 「グッ……!?」 「!! ミライさん!!」 なのはをかばって、メビウスがその一撃を受けてしまっていた。 深々と、バードンの嘴が肩に突き刺さってしまっていたのだ。 メビウスはすぐにバードンへと拳を打ち込み引き離すも、その場に膝をついてしまう。 これで彼の体内にも、毒が回ってしまった。 胸のカラータイマーが赤色へと変化し、音を立てて点滅し始める。 バードンはその様を見ると、高らかに鳴き声を上げる。 それはまるで、己の勝ちを確信し、嘲笑うかのようであった。 そして、トドメを刺すべくバードンが動く。 大きく口を開き、二人目掛けて火炎を噴出した。 (まずい、このままじゃ……!!) せめて……なのはちゃんだけでも……!!) 障壁の展開は間に合わない。 自分の体を盾にして、炎からなのはを守るしかない。 重傷を負うのは確実……最悪死ぬかもしれないだろうが、それ以外に方法は無かった。 メビウスは、迫り来る炎を前にして覚悟を決めた。 なのははそんなメビウスを見て、力を出し切れなかった己を呪った。 何とかして、メビウスを―――ミライを助けたい。 なのはとメビウスと。 二人が、互いを思い強く願った……その時だった。 祈りは通じた―――奇跡は起こった。 ドゴォォォンッ!! 「えっ!?」 上空から、二人とバードンとの間に赤く輝く光の玉が落ちてきた。 その玉が丁度、火炎から二人を守る盾の役割を果す。 なのははこの予想外の自体を前に、ただ驚くしかなかった。 しかし……メビウスは違った。 彼は、この光の玉に見覚えがあった。 やがて光は消え、玉の中から何者かが姿を現した。 メビウスと同じ大きさをした、銀色の巨人。 その胸に輝くは、六対の球体―――スターマーク。 そしてその中央には、蒼く輝くカラータイマー。 「兄さん……ゾフィー兄さん!!」 「ようやく会えたな……メビウス。」 ウルトラ兄弟を束ねる長兄―――ゾフィー。 予想していなかった、しかしこの上なく心強い増援を前にして、メビウスは思わず声を上げた。 ゾフィーはそのままバードンに蹴りかかり、その巨体を吹っ飛ばす。 その後、大きく首を振るい、己の頭で燃え盛っていた炎を消す。 どうやら先程火炎を受けた影響により、燃えてしまっていたらしい。 ゾフィーはなのはとメビウスへと振り向くと、掌をカラータイマーへと一度乗せた後、二人に向けた。 そこから、エメラルド色に輝く光が二人へと放たれる。 「あ……体が、楽に……!!」 なのはは、己の体が軽くなるのを感じた……毒が抜けたのだ。 それはメビウスも同様であり、そのカラータイマーは青色に回復している。 ゾフィーが、己のエネルギーを二人へと分け与えたのだ。 二人は立ち直り、そして構えを取った。 「メビウス、そして地球の者よ。 ここまで、よく頑張ったな……もう一息だ。 力を合わせて、バードンを倒すぞ!!」 「はい!!」 圧倒的不利かと思われていた形勢は、一気に逆転した。 ウルトラマンメビウス、高町なのは、ゾフィー。 今……三人の、反撃の狼煙が上がる。 戻る 目次へ 次へ
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前髪の調整 ■高町なのは バリアジャケットVer.の前髪は後頭部との段差が目立つ上にポロリしやすく、そのままでは見栄えが悪い。以下に改善の過程を記すが、一部ナイフなどによる工作を伴う。加工した場合メーカーのサポートが受けられなくなるのであくまで自己責任で。 ■改善方法 暖めて調整する 難易度: ドライヤーなどで頭頂部を暖め、ダボ穴を多少潰す感じに押さえながら冷やしてやる。 段差はある程度目立たなくなり、ぽろぽろ落ちるのも多少ではあるが改善される。 ダボを調整する 難易度: 前髪のダボを調整する事により、段差をより目立たなくし、落ちにくくする事ができる。 ①前髪のダボの上側をデザインナイフなどで削る。少し削っては後ろ髪に取り付けて調子を見ること。削りすぎた場合は、瞬間接着剤や木工ボンドを盛って調整する。 ②ダボを削ったことにより厚みが足りなくなり抜けやすくなるので、ダボの下側に瞬間接着剤か木工ボンドを塗ってダボの厚みを増やす。瞬間接着剤を厚めに塗った後、瞬着硬化スプレーを吹き付けるとすぐに固まるので簡単に厚く盛りつけることができるようになる。 ダボの先に接着剤が付いて長くなると穴の奥に当たり、隙間が大きくなる場合があるためその場合はナイフなどで余計な接着剤を削り落とす。 ③ダボの削った部分が白いままだと隙間から見えて目立ってしまうため、髪の毛と同じか多少暗めの茶色を塗るといい。上の画像はMr.カラーの茶色に黒を少量混ぜて作った焦げ茶色を塗ってある。 このように殆ど段差は目立たなくなる。 後ろ髪をいじってはめ合いを調整すると、二つある前髪のどちらかにしか合わなくなるので、後ろ髪はいじらずに前髪をそれぞれ微調整する。 ツインテールポロリ対策 ■ツインテールの右側が取れやすい個体が多い模様。まず、穴の口が歪んでいたり大きく広がっていないか確認し、異常に大きく広がっていたり歪んでいる場合は不良なのでメーカーに相談を。 少しだけ広がっていたり歪んでいる場合は、ドライヤーなどで穴の周りを暖め、穴の口が多少狭くなるように爪などでゆがみを整えてから冷やしてみる。これだけで改善される場合もあり。 穴の口が広すぎず歪んでもいないのに取れやすい場合は、穴に入り込んだ塗料の厚みで穴が浅くなり、取れやすくなっている模様。そこで、穴に入り込んでいる塗料を取り除くことにより取れにくくすることができる。 ■改善方法 ルーターで削り落とす 難易度: ルーター(リューター)を使用すると、このように綺麗に塗料を取り除く事ができる。 ①ルーターに写真のような球形のヤスリを取り付け、穴の中の塗料を削り取る。削りすぎると緩くなるので注意。 ②削りすぎて緩くなった場合は木工ボンドを穴の中に少量塗ると改善される。 溶剤で除去する 難易度: 模型店などで売っている細めの綿棒にMr.カラー薄め液を付け、穴の中に薄め液を塗り、塗料が溶けてきたら新しい綿棒で拭う。このとき薄め液を塗りすぎると穴から溢れ、他の部分の塗装に影響を与えてしまうので注意。一遍で拭い去ろうとせず、何回かに分けてぬい去るようにする。 塗装を完全に除去しても改善されない場合はルーターで穴の底を多少削る必要がある 上が通常の綿棒。中央の、ふくらみが無く真っ直ぐなタイプが使いやすいだろう。下のとがったタイプは綿が少ないため、液体をあまり含んでくれないので、塗る時もぬぐい去る時も使いにくい。
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マクロスなのは 第7話『計画』←この前の話 『マクロスなのは』第8話「新たな翼たち」 「ここが校舎だ」 食堂から出てミシェルに案内された場所は所内にある比較的古いコンクリート打ち付けの建物だった。 表札もおそらく昔の名前、『技術開発研究所 化学部門』となっている。 「案外古い建物を使ってるんだな」 アルトの呟きに、玄関の階段に足をかけたミシェルが答える。 「ここにはまだ予算があまり割かれてないんだ。まだ訓練を始めて2週間だからな」 「そんなものか」 アルトは階段に足を掛けながら後ろを歩く生徒達を流し見る。 昼食の時に話を聞いた所、大多数がリンカーコア出力がクラスBの空戦魔導士だった者達で、一様に理系―――――特に工学を学んだ者で構成されていた。(そのためか女子生徒は1人のようだ) やはりバルキリーに乗るためには自分の乗っている物がなぜ飛ぶのか、そういう事がわからなければ緊急時に対応できない。そのことを管理局も理解しているらしかった。 玄関をくぐると、ミッドチルダには珍しい褐色の肌をした男と鉢合わせした。 「よう、ミシェル。・・・・・・ん?そちらの2人は?」 「ああ。さっきのリニアレールの事件で手伝ってもらった、機動六課の高町なのは一等空尉に、〝アルト姫〟だ」 アルトは聞くと同時にこの金髪のクソ野郎をぶん殴ってやろうかと思ったが、彼にはそれでわかったらしい。 「ああ、あなたが。噂は聞いています。私は第51次超長距離移民船団『マクロス・ギャラクシー』所属、新・統合軍のミラード・ウィラン大尉です」 教官をしていて今の階級は三等空佐ですが。とつけ加える。 「こんにちは、高町なのはです」 笑顔で応対するなのは。一方、『マクロス〝ギャラクシー〟』と聞いたアルトは一瞬身構えたが、彼の友好的な顔からは敵意はまったく感じられなかったためそのまま会釈だけで簡単に流した。 「こんにちは。・・・・・・しかし噂通りお2人とも美しい女(ひと)だ。・・・・・・ああ、そういえばアルトさんは報道でお見受けした時もそうでしたが、普段から〝男装〟をされているんですね。それでも内に秘めた美しさが垣間見えるようでよく似合っておいでですよ」 まったく悪意のないウィランの自然な言葉に、後ろから生徒達のクスクス笑いが聞こえる。 「だ、誰が男装だ!!誰が!?」 アルトは全力で否定した。舞台以外で性別を間違えられるなど、自身のアイデンティティーに関わる。 ウィランもこの美青年の声にようやく気づいたようだ。 「え?・・・・・・あ、いや失礼。ミシェルの話から早乙女アルトは女性だとばかり―――――」 どうやらさっきのスパイス、そしてこれはミシェルの差し金だったらしい。 「ミ・ハ・エ・ル、貴様ぁ!!」 激昂するアルトに 「俺に勝ったら男の子って認めてやるよ。〝姫〟」 と涼しい顔。 突然険悪になった2人を生徒やウィランはハラハラと、なのはは苦笑しながら見ていた。 (*) 「それでは当初の予定通り、午後はシュミレーターによる実習だ」 ミシェルが生徒を前に宣言する。 彼の後ろには縦2メートル、横5メートル、奥行き3メートル程の箱がある。どうやらあれがシュミレーターらしい。中にはバルキリーの操縦席がある。 「内容は会敵、戦闘となっている。だが、これで5分も持たないような奴は―――――」 ウィランが鋭い視線で生徒達を威嚇した。 ミシェルが時たま見せる眼光にもスナイパーであるためか見られたものを竦み上げさせる力があったが、所詮まだ高校生。40以上で、下っ端からの叩き上げという彼とは場数が違った。 そうして生徒の1人がデバイスを起動してバリアジャケットに換裝する。それは紛れもなく軍用EXギアだった。どうやら『メサイア』とは腹違いの兄弟らしい。 着なれているらしく、シュミレーターに乗り込む彼の動きに無駄はなかった。どうやら訓練を始めてから2週間というのは本当らしい。 シュミレーターが稼動すると他の生徒達はディスプレイの前に集まる。どうやらシュミレーターとこの画面とはリンクしており、観戦ができるようだった。 画面に浮かぶ自機、VF-0はクラナガン上空を飛ぶ。そこに現れたのは50機を優に越えるであろうガジェットⅡ型の大編隊。 本来の生身の戦闘ではとても勝てないであろう彼らに向かってVF-0は獰猛果敢に突入する。 アルトはこの戦いを見てこの訓練は始まったばかりだと感じた。可変の使い方を心得ていない。 可変という特殊機構をもつVFシリーズは戦場を選ばぬ全領域の汎用性がある。そのためこの機構を使いこなしているかで即、技量がわかる。 可変の使い方の基本としては、ファイターは高速度と高機動を生かして敵中突破または距離をとるために。ガウォークは戦闘ヘリのような小回りを生かしての戦い。バトロイドは腕という名の旋回砲塔による全方位攻撃や近接戦闘に。 しかし元空戦魔導士だった彼らはファイター又はバトロイド形態に固まってしまい、ガウォークを中間とする流れるような運用ができていなかった。しかしそれでも頑張っていられるのは魔導士時代の実戦経験と、戦闘のノウハウがあることが大きいだろう。 これがある者は例えバルキリーの操縦カリキュラムをすべて履修したが、実戦経験がないという者に比べても差は歴然である。 これのない者は戦場では空気だけで押しつぶされてしまい、実力の半分も出せない。対してある者は冷静に事態を見つめることができ、なおかつ経験を元に独創的な戦法を思いつくことができる。 さらにここの1期生達は元は優秀な魔導士だったらしい。ただ、ガジェットを相手にするにはリンカーコアの出力が低かったため戦力外通知され、ここに引っこ抜かれたという。 そのため1期生は戦闘技術なら実戦レベルであり、バルキリーに慣れさえすれば、『バジュラ本星突入作戦』に投入された緊急徴用の新人パイロットより十二分に戦力になりそうだった。 生徒の最後の1人が敵の猛追を受けて撃墜で終わり、さてどうするのだろう?と遠巻きに観察していると、ミシェルがこちらに来て言う。 「なのはちゃんもやってみる?」 「へ? わたし?」 ミシェルの突然の誘いに、彼女を尊敬しているという女子生徒にアドバイスをしていたなのははキョトンとする。 「そう。滅多にやれないと思うよ」 この誘いにしばし迷っていた彼女だが、周囲の期待のこもった空気にのせられ、承諾した。 「あ、でもわたしEXギアがないから出来ないんじゃ―――――」 「大丈夫。こっちで用意するよ。なのはちゃんのデバイス・・・・・・そう、レイジングハートをちょっと貸して」 言われたなのはは胸元にある赤い水晶のような石、レイジングハートをミシェルに手渡す。 彼はそれを端末に置くと、パネルを操作していく。 「・・・・・・ああ、『三重(トリ)フラクタル式圧縮法』か。ずいぶん洒落たの使ってるね。・・・・・・それに最終形態時の常時魔力消費(バリアジャケットや各種装備を維持するのに必要な魔力)率が15%って結構無茶するね・・・・・・」 なのははミシェルの一連のセリフに驚いたようだった。 「そんなにすごいことなのか?」 なのははアルトの問いに頷くと、理由を説明した。 『三重フラクタル式圧縮法』を使えば、普通のデバイス用プログラム言語の約3分の1の容量で同じことができる。しかし通常のデバイスマスターでは扱えないし、それであることすら看破できない代物であった。 しかしミシェルはそれを斜め読みしただけで解読しているようだったからだ。 「ミシェル君にはわかるの?」 「まぁね。姫にもわかるはずだぞ」 「はぁ?ミシェル、俺はガッコ(学校)で習ったプログラム言語しか知らん―――――」 「じゃあ見てみろよ。ほれ」 ミシェルは開いていたホロディスプレイの端をこちらに向かって〝ツン〟と指で突き放す。 (仕方ないな・・・・・・) 俺はスライドしてきたホロディスプレイを手で掴んで止め、投げやりに黙読を始めた。 もし現代のプログラマーがパッと見ることがあれば、見た目数字とアルファベットがランダムに配置されていて、なにか特殊な機械語だと思うかもしれない。 しかしアルトにはすぐに見当がついた。中学生時代、人類が生み出したC言語などを全て極めた後でようやく習ったプログラム言語――――― アルトは猛然とミシェルに駆け寄ると、画面を指差して叫んだ。 「おい!こいつは紛れも無く〝OTM(オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)〟じゃねぇか!?」 そう、これはOT(オーバー・テクノロジー)を有機的に運用するのに最適化されたSDF-01マクロス由来のプログラム言語だった。 「ああ。そうだな。わかるっていったろ?」 「だが何で―――――!」 こいつらがこれを知っている?というセリフを直前で飲み込むアルトだが、ミシェルは 「さぁな」 と肩をすくめて見せただけだった。 そして彼は顔にハテナを浮かべる生徒やなのはを見て当初の目的を思い出したのか端末に操作を加え始めた。 「えーと・・・・・・ここを繋いで・・・・・・これをペーストして・・・・・・第125項を第39項で繰り返す・・・・・・よし、これでIFS(最初にバリアジャケットのイメージデータを作成するシステム)に繋がるはずだ。これからバリアジャケットのイメージデータを送るから、待機してもらってて」 ミシェルは自身の端末を操作しながら、なのはに指示を出す。 「わかった。レイジングハート、お願い」 『Yes,My master. IFS(Image・Feedback・System) connecting ・・・・・・complete. All the time.(はい、マスター。IFSに接続中・・・・・・完了。いつでもどうぞ)』 「じゃあ、始めるよ」 ミシェルは言うが、変化はほとんどない。レイジングハートが数度瞬いたぐらいだ。そして不意に端末を畳むと、レイジングハートをなのはに返した。 「終わったよ。着替えてみて」 なのはは頷くと、その手に握る宝石に願った。 アルトは手で隠すように眩い桜色の光を避ける。するとそこから光臨してきたのは、いつもの白いバリアジャケットではなく、EXギアを着たなのはの姿であった。 しかし――――― 「これが・・・・・・うわっ」 予想以上の動きに大きくふらふらする。そしてバランスをとろうとして動かすとさらにバランスを崩し―――――と事態をどんどん悪化させていく。 「動かないで」 ミシェルが落ち着いた声でそう彼女に釘を刺すと、応援に来たアルトと共にそれを制していった。人間焦った時動かす場所など決まっているものだ。アルトやミシェルのような熟練者であればEXギアを生身でも制止することは可能だった。 「ふぅ・・・・・・トレース(真似)する動きは最低の1.2倍になってるけど、動く時には気をつけて。もし危ないと思ったら体は動かさず、いっぺん止まること。バランサーのおかげでどんな姿勢でも転倒することはないし、なのはちゃんが動かなきゃコイツは動けないから。OK?」 「う、うん・・・・・・」 彼女は素直に従い、ミシェルにエスコートされながらゆっくりシュミレーターに乗り込む。そして簡単な操縦機器の説明を受けるとシュミレーターを稼動させた。 『わぁーすごい!』 なのはの邪気のない声がスピーカーから届く。 たとえその身1つで飛べるとしても、やはり飛行機のパイロットの席に座る感触はまた格別である。 アルトもEXギアで飛ぶのと同じかそれ以上にバルキリーで飛ぶことを楽しんでいるので、なのはの気持ちはよくわかった。 「それじゃなのはちゃん、操縦の説明は―――――いらないみたいだね」 ミシェルはそう言うと、曲芸飛行をはじめたVF-0を見やった。 縦宙返りをして頂点に来るや360度ロール。再びループを継続すると、元いた場所に戻る。 そしてそこで鋭くターンすると、先ほどループした中心を貫いた。 その航跡が〝ハートを貫く矢〟に見えたのはアルトだけではあるまい。 なのははこの短時間でVF-0を乗りこなしたようだ。 その後も捻り込み、コブラなど曲芸を披露していった。 『うん、いい機体!』 なのはは水平飛行しながら足のペダルに直結された可変ノズルを操作して機体を揺すった。 「なのはちゃん、十分出来そうだね」 『うん。戦闘機の空戦機動ならみっちり〝練習〟したから』 それを聞いたミシェルがニヤリと微笑む。 「それじゃうちの生徒と同じ難度でやってみる?」 『うん!お願い!でも邪魔だからコンピューター補助全部切ってマニュアルにして』 「え?でもそれじゃ機体制御が難しくなるし、限界性能が出ちゃうからG(重力加速度)で気絶しちゃうかもしれないよ?」 しかしなのははカメラ目線になると、ウィンク。 『お願い』 と繰り返した。 「・・・・・・わかったよ。それじゃ、お手並み拝見」 ミシェルは肩をすくめて言うと機体の設定をいじり、訓練プログラムを作動させた。 出現するガジェットの大編隊。 なのはの操縦するVF-0はファイターで単身敵に向かっていく。その間チャフ(レーダー撹乱幕)とフレアを連続発射してあらかじめロックをかわす。 そしてすれ違った時には敵のうち数機が破片になっていた。 『〝LOMAC(LOCK ON MODERN AIR COMBAT。第97管理外世界に存在するフライトシュミレーション)〟で培った私の技術、今ここに見参!』 神技であった。 突然ピッチアップしたかと思えばそのまま後転。機首を元来た方に向けると、敵をマルチロック。続いてマイクロミサイルを斉射し、まったく回避動作に入っていなかったガジェット数機を葬った。 続いて追ってきたガジェットになのはは機首を上にしてスラストレバー(エンジン出力調整レバー)を絞る。すると機体は失速するが、なのははそこから可変ノズルを不規則に振ってハチャメチャにキリモミ落下を始めた。 これに似た機動は第97管理外世界ではフランカーシリーズの最新鋭戦闘機だけができる曲芸だが、VF-0でも潜在能力として出来た。 また可変ノズルなどの機構やOTM、そして操縦の完全マニュアル化によってそれら戦闘機より鋭く、速く行え、この機動中も制御が利くので、複雑な軌道なため狙いがつけられず棒立ちのガジェットを次々ほふっていった。 開始1分でガジェットを10機以上葬ったなのはのVF-0はその後もファイターしか使わない。いや、EXギアシステムが満足に使えないため、それをトレースするバトロイド、ガウォークなど使えない。 そのため遂にはミサイル、弾薬が尽き、戦闘空域から離脱する前に無限に出てくる敵の損害覚悟の包囲攻撃にさらされた。 「まだまだ!」 なのはは機体を180度ロール。続いて主観的な上昇をかけて急降下。いわゆる『スプリットS』を実行し、下界のビル群に突入した。 ガジェットも彼女を追わんとそこへの突入を敢行する。 「さぁ、どこまで着いてこられるかな!」 彼女は乱立するビルの間を音速で飛翔する。 本当にやったらビルのガラスが割れてその中の人や道路を歩いている人が大変なことになるが、なのははまったく気にしていないようだ。 秒速数百メートル単位で迫るビルという名の障害物を絶妙な機動で縫っていくなのは。 そんな魔のチキンレースにガジェットは更に10機ほどがビルにぶつかって散った。 しかし目前のビル群がとうせんぼ。正に袋のネズミになってしまったなのはに上空待機していたガジェットが大量に急降下を仕掛けてきた。 万策尽きたらしい彼女はスラストレバー全開で敵に特攻。数機を相討ちにするが、自らは激突寸前にイジェクト(脱出)して生き延びるという狡猾さを見せた。 「ふぇ~、やっぱり難しいよ~ぅ」 などと〝可愛く〟言いながらシュミレーターから出てくる。しかしこの20分で築き上げた撃墜数は1期生を余裕で上回る62機を叩き出していた。ちなみにこれには、ビルに激突して散った機は含まれていない。 おそらく実戦なら脱出後、生身でさらに80機近くを落とすだろう。 (さすがは管理局の白い悪魔・・・・・・) この時全ての人が同じ思いを共有していたという。 (*) 「さて、アルト姫。ここで生徒達にお手本を見せてくれるかな?」 なのはの奮戦を見て血のたぎっていたアルトはすぐさま応じ、メサイアを着込む。そしてシュミレーターから降りたなのはの、 「頑張って!」 と言うエールを背中に受けながらシュミレーターに乗り込んだ。 ハッチが閉じ、コックピットの機器に光が灯っていく。 操縦系統はEX(エクステンダー)ギアシステムを採用したためかVF-25と相違ない。アルトは自らの技量を過信するわけではないが、いくら旧式VF-0のスペックでも、ガジェットごときに落とされるとは思えなかった。 (*) シュミレーター外 なのははミシェルがシュミレーターのコントロールパネルに操作を加えるのを見逃さなかった。 「ミシェル君、なにをしたの?」 なのははそう言いつつミシェルが操作していたコントロールパネルの『難易度調整』と書かれたダイヤルを見た。ダイヤルのメーターはMAX(最大)を示している。 「普通の難易度じゃ、あいつにゃすぐクリアされちまうからな。あの高慢チキな鼻っ柱をへし折るにはこれぐらいで丁度いいんだよ」 その難易度はなのはや生徒達よりも8段階以上、上の設定だ。なのははシュミレーターの前で静かに合掌した。 (*) 「おいおい、ミシェル!これはなんなんだぁぁぁ!?」 アルトは迫るHMM(ハイ・マニューバ・ミサイル)をチャフ、フレアに機動を織り交ぜて必死に回避し、EXギア『メサイア』とシュミレーターの発生する擬似的なGに喘ぎながら通信機に怒鳴る。 後方にはライトブルーの機体が3機。機種はアルト達の世界でも最新鋭の無人戦闘機QF4000/AIF-7F「ゴースト」だ。 このゴーストは現在、新・統合軍の主力無人戦闘機だ。 有人機と対決した場合、高コスト機体であるAVF型(VF-19やVF-22)であっても1対5のキルレシオ(つまり、ゴーストが1機落とされる間に5機のAVFが撃墜されているということ)を誇り、VF-25で初めてタメが張れるという恐ろしい機体だった。 『あれ?生徒達の前で恥をかくのかな?』 それだけ言って通信は切られた。 「くっそ!覚えてろよミシェル!うおぉぉーーー!!」 アルトは持てる技術を総動員し、旧式VF-0で現役ゴーストに挑んだ。 (*) ゴーストは宇宙空間や大気圏でのいわゆる〝空中戦〟に特化しているため、このまま敵のフィールドである空中にいたらタコ殴りになると急降下。 1機を市街地のビル群に誘い込み、バルキリーの最大の特徴であり、得意であるバトロイドやガウォークなどで市街地機動戦を展開。罠にはめてガンポッドで見事撃墜した。 しかし残る2機にミサイルを雨あられと降らされ、袋叩きに会うこととなった。 「なめんなぁ!」 アルトはアフターバーナーも全開に急上昇を掛ける。 それによって空間制圧的に放たれていたミサイル達は飢えた狂犬のように従来の軌道を捨て、そこに集中する。 それを見越していたアルトはその瞬間ガンポッド、ミサイルランチャーなど全装備をパージしてデコイ(囮)とし、その弾幕をなんとかくぐり抜けた。そして間髪入れずにバトロイドへと可変すると、目前にいたゴーストに殴りかかった。 PPBの輝きも無い無骨な拳は見事主翼を捕らえてそれを吹き飛ばし、軌道が不安定になったゴーストを残った腕で掴むと、主機(エンジン)と武器を殴って全て停止させ、ミサイルランチャーからミサイルを1発拝借した。 もはや翼を文字通りもがれて鉄くずとなったゴーストだが、まだ利用価値がある。 バトロイドとなったことで急速に遅くなったVF-0に、残った最後のゴーストが接近掛けつつミサイルを放ってくる。その数、10以上。 そこでアルトは鉄くず同然のゴーストをミサイルに向かって投げつける。そして腕のみを展開したファイターに可変したVF-0は最加速して投げたゴーストに追いつくと、手に握っていたミサイルをそのゴーストに投げつけた。 直後に襲う衝撃。 ミサイルとゴーストの誘爆で大量の熱量と破片、そして衝撃波が放たれる。そして向かってきていたミサイル達はその目的を果たす前に、VF-0に重なるように出現した熱源に誘われて破片にぶつかったり、爆風の乱流で他のミサイルにぶつかったりとそれぞれの理由で自爆した。 その代償はVF-0にも降りかかる。VF-25であればファイターでも転換装甲が使えるため何とかなったはずの破片だが、スペックが完全に古いままらしいVF-0には多数の破片が弾丸となって機体を襲う。 主翼を半分ほど持って行かれ、腕は両方とも寸断され、可変機構にも深刻なダメージを与えられ、エンジンはガタが来ていた。 しかしVF-0はまだ飛んでいた。そしてアルトの瞳も最後のゴーストを捉えて離さなかった。 数々の損害を代償にミサイルの回避と莫大な推力を貰ったVF-0は一瞬にしてゴーストの前に躍り出た。 発砲されるレーザーの嵐。 通常なら回避する攻撃だ。しかしこのエンジンの様子だともはや攻撃はラストチャンスであり、残された攻撃方法も特攻以外に残されていなかった。 コックピットへと飛び込んできた無数のレーザーに全身が焼けるように熱くなって感覚が失せる。だがアルトの突入への気迫が勝った。 「終わりだぁーーーーー!!」 VF-0は迷わず特攻を敢行。その1機を相打ちにした。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」 アルトはブラックアウトしたシュミレーターの全天画面の下、しばし休憩する。 全身がジンジン痛むが、体はなんとも無いし、徐々に収まる。どうやら被弾の痛みはEXギアの仕業のようだ。脳に直接信号を送り込んで激痛を走らせているらしかった。 それにメサイアの生み出す擬似的な重力加速度やシュミレーターのハイレベルな完成度からまさに真剣にやったため、たった5分の戦闘での疲労はフルマラソンに3~4回連続出場したレベルにまでアルトを追い詰めていた。 そうして満身創痍でシュミレーターを降りた彼を迎えたのは『ミンチ・キロ100円』や『I m dead』等と書かれたプラカードを持ったミシェルではなく、生徒やなのは達の満場の拍手だった。 「さすが〝アルト〟だ。俺でも2機しか落とせなかったのに」 ミシェルが正確に名を呼んだこと。それがアルトに対する最大級の賛辞を表していた。 (*) その後場所を普通の部屋に移し、講義が行われた。教壇で筆をとっているのはあのウィランだ。 内容としては比較的普通のことを教えている。バルキリーで使われるOT・OTMの基礎理論を普通と呼ぶことができればだが。 「―――――従来型の翼で空力制御し、上向きの力を得るやり方と、OTによって力を得る方法がある。工藤、主に何の力があるか言ってみろ」 ウィランの指名にただ1人の女子生徒、工藤さくらが立ち上がって答える。 「は、はい!〝摩擦〟〝圧力〟〝誘導〟の3種類です」 「では従来の揚力方程式にOT加えるとどう置き換えればいいか?」 続くヴィランの詰問にさくらは 「抗力係数をClから・・・・・・」 と従来の式の係数はスラスラ出たが、それを加えるとどうなるかを忘れたのか、大慌てでプリントをペラペラめくる。 「えぇーと・・・・・・Cdに置き換えればいいはずです」 ウィランはよろしいといって彼女を席に着かせ、講義を再開した。 アルトには自明のことだが、なのははためすすがめつしながら複雑な計算式の書かれたプリントとホワイトボードに書かれた計算式を見比べ、しきりに顔を捻る。 なのはは見たところ理系に近いが、1期生達のような工学系大学出身でも手間取るのに、彼女のような中卒でOTやOTMを理解しろというのも無理な話だろう。 ちなみに第1管理世界の教育は短期集中で、大学でも15歳で卒業できた。 (*) 90分の講義が終わり、アルトが時計を見るとすでに16時を回っていた。 ロングアーチに技研に行く旨は伝えてあるが、報告書の提出など帰ればやることはたくさんある。 「なのは、そろそろ―――――」 「そうだね」 なのはが頷く。 現在教室は休憩時間に入っており、生徒のほとんどが机に突っ伏して静かに寝息を立てている。 「それじゃさくらちゃん、頑張ってね」 「はい。ありがとうございます」 唯一の女子生徒、工藤さくらが笑顔でなのは達に手を振ると、机に吸い寄せられるように横になり、数瞬後には 「くー・・・」 とイノセントな寝息をたて始めた。 生徒達はいつもハードスケジュールらしい。 アルトとなのはは顔を見合わせて笑うと、静かに教室を抜け出し、教員室に向かった。 (*) 「もう、お帰りに?」 ウィランが惜しそうに言う。 「はい。今日はお世話になりました」 「いえ、こちらこそ。また来てやってください。あいつらのいい刺激になるので」 「はい♪」 なのはが満面の笑み。間違いない、コイツはまた来る気だ。 アルトは頭を抱えたが、同時に彼に問おうと思っていたことを思い出した。 「ところでウィラン三佐、ギャラクシー所属だったそうですけど、どうやってここへ?」 アルトの問いに、机に向き合っていたウィランがコンピューターにワイヤード(接合)していたコネクターを外し、コードとともに〝耳の後ろ〟辺りに巻き戻した。それがあまりにも自然な動作だったためアルトですら一瞬気がつかなかった。 「え? アンドロイド?」 ミッドチルダではインプラント技術が進んでない(フロンティア同様、医療目的以外禁止されている)ため、なのはが目を白黒させる。 そんな彼女のセリフにウィランは一笑すると 「残念ながら全身義体じゃないよ。これはただの後付けの情報端末で、あとはナチュラルだ」 と簡単に説明した。そしてイスを引くと、アルト達に向き直る。 「・・・・・・それで本題だな。実はギャラクシーの急をフロンティアに伝えようと急ぎすぎたんだ。おかげで機体のフォールド機関が暴走してこの有り様だよ」 彼は肩を竦める。どうやらウィランも同じくフォールド事故で来ていたらしい。 「機体はどうなりました?」 「俺の乗っていた高速連絡挺は技研に差し押さえられてしまったよ。だが糞虫どもにやられてボロボロだし、連中の手には余る代物だからな。ほとんど解析出来なかったみたいだ。フロンティアの脱出挺が来てからは、OTの流出を最小限にして管理局を手伝おうと思ったんだが・・・・・・バレちゃったみたいだな。昨日、連中がいきなりフェニックスの変換装甲を作動させた時は驚いたぞ」 「いや、その、すいません・・・・・・」 どうやら技術の漏洩を黙認していたのはアルト達だけらしかった。 「まぁ起きてしまったことはもう仕方ない。おかげで量産のメドが立ったし、幸いここの連中はいいやつだ。OTを人殺しに使うようなことはないだろう」 ヴィランはそう言ってアルトの肩を叩いた。 その後フェニックスの整備に行っているというミシェルによろしくと言い残し、アルトとなのははフェニックスと一緒に陸路で搬入されたVF-25の待つ格納庫に向かった。 (*) 格納庫に着くと、知らせを受けたのか田所が待っていた。 「田所所長、お見送りですか。ありがとうございます」 なのはが一礼。 「いや、しっかり謝りたかったのだ。・・・・・・アルト君すまなかった、あの事を隠していて」 アルトはかぶりを振る。 「必死だった。どうしてもここの人々を守りたかった。そういうことなんだろ?」 田所が頷く。 「なら、恨みっこなしだ」 アルトは踵を返すとVF-25に向かう。しかし立ち止まり、背を向けたまま一言呟いた。 「俺も言い忘れてたけど、VF-25を―――――俺の恩人の形見を直してくれてサンキューな」 「うむ。いつでも来い。今度来たときにはその機体のかわいいエンジンをギンギンにチューンしてやる」 アルトは振り返り 「ああ」 と破顔一笑。そしてなのはを伴ってVF-25のコックピットに収まると、すっかり暗くなった夜空に飛翔していった。 ―――――――――― 次回予告 シェリルの元に届く知らせ。 それはアルト達の居場所を導く手がかりとなるものだった! そして決行される乾坤一擲の大作戦。その成否はいかに! 次回マクロスなのは、第9話『失踪』 「あたしの歌を、聞けぇぇー!」 ―――――――――― シレンヤ氏 第9話へ
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第6話「決意、そしてお引越しなの」 「じゃあ、メビウスからは何も連絡は……」 「はい……ウルトラサインもテレパシーも、一切ありません。」 地球から遠く離れた宇宙に存在する、M78星雲。 その中にある、地球よりも遥かに巨大な星―――光の国は、ウルトラマン達が住まう星である。 そんなウルトラマン達の中でも、優れた戦闘能力と、そして優しさを持つ戦士達がいた。 彼等はウルトラ兄弟と呼ばれ、宇宙の平和を守る宇宙警備隊の一員として、日夜戦っている。 そのウルトラ兄弟達に、今、未曾有の事態が起きた。 ウルトラ一族にとっては最大の宿敵の一人といえる、最大の悪魔―――ヤプール人が復活を果たした。 ヤプール人とは、異次元に存在する邪悪そのもの。 自らを、暗黒から生まれた闇の化身と豪語する悪魔である。 ヤプール人はこれまで、幾度となくウルトラ一族へと戦いを挑んできた。 ウルトラ兄弟達は、その都度何度も撃退したが……ヤプールは、何度も復活を果たしてきた。 彼等はヒトの負の心を好んでマイナスエネルギーに変えてエネルギー源としているため、その存在を完全に消し去る事は不可能なのだ。 ヒトがこの世から完全に消え失せれば、もしかすると可能かもしれないのだが、そんな馬鹿な話はありえない。 一時は、封印という形で決着をつけられたかのように思えたが……その封印も、悪しき侵略者に破られてしまった。 結局ウルトラ兄弟達は、ヤプールが復活する毎に打ち倒すという手段を取るしかなかった。 そしてつい先日、彼等はヤプールが潜む異次元へと乗り込み、決戦に臨み、ヤプールに打ち勝つことができたのだが…… ここで、予想外の事態が起こった。 ヤプールを倒した影響により、異次元世界は崩壊を迎えようとしたのだが……ヤプールがここで、最後の悪足掻きを見せた。 ウルトラ兄弟の末弟―――ウルトラマンメビウスを、道連れにしていったのだ。 メビウスはヤプールと共に崩壊に巻き込まれ、そして行方不明となった。 兄弟達は、様々な手段を使ってメビウスの捜索に当たっていたのだが、メビウスの行方は全く分からないままであった。 もしもメビウスがまだ生きているとするならば、可能性は一つしかない。 「やはり、崩壊の影響でどこか別の次元に落ちてしまったのか……」 「しかし……そうだとしたら、どうやってメビウスを探せばいいんですか?」 「メビウスから何か連絡があれば、どうにかならなくもないんだが……」 メビウスは、どこか別の異世界にいる可能性が高い。 それがどこか分からないのが、問題ではあるが……それさえ分かれば、救出に向かうことはできる。 ウルトラ兄弟の中には、異なる次元・異なる世界への転移能力を持つものもいるからだ。 今現在、メビウスを救う為に、光の国の者達は一丸となって動いている。 ウルトラ兄弟の長男にして宇宙警備隊の隊長であるゾフィーは、空を仰ぎ遥か彼方―――地球を眺め、弟のことを思う。 「メビウス……一体、どこに……?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「なのは、フェイト!!」 「ユーノくん、アルフさん……」 「二人とも、もう体は大丈夫なのかい? 大分酷いダメージだったけど……」 「うん、何とか。 私はしばらく、魔法は使えないみたいだけど……」 丁度その頃であった。 時空管理局の本局にて、なのは・フェイト・ユーノ・アルフの四人が久方ぶりの再会を果たしていた。 こうして直接顔を合わせるのは、彼等が出会う切欠となったPT事件以来である。 しかし、彼等の表情には喜び半分不安半分という所である。 その原因は、大きく分けて二つ。 一つ目は、言うまでもなくヴォルケンリッター達の存在にある。 そしてもう一つは、なのはとフェイトが受けたダメージの大きさにあった。 なのはは、自分でも攻撃を受けた時点で予想はしていたが……魔力の源であるリンカーコアが、異常なまでに縮小していた。 魔力を吸い取られてしまい、回復するまでの間、一時的に魔法を使えない状態にあったのだ。 フェイトも、なのは程ではないとはいえ、それなりのダメージを受けていた。 しかし何より……二人とも、自分のデバイスに大幅な破損を受けてしまっていたのが大きかった。 レイジングハートもバルディッシュも、再起不能な状況にまで追い込まれてしまっていたのだ。 自己修復作用だけでは間に合わないため、現在パーツの再交換作業の真っ只中にあった。 「レイジングハート……」 「ごめんね、バルディッシュ……私の力不足で……」 「……こういう言い方は何だが、これは二人のミスじゃないよ。」 「クロノ、エイミィ、リンディ提督……それに……」 「ミライさん……」 落ち込むなのは達へと、部屋に入ってきたクロノが声をかけた。 その傍らには、彼の相棒であるエイミィと、アースラ艦長のリンディ。 そして……ミライがいた。 クロノは、自分達が相手をしていた敵の魔法体系―――ベルカ式について、簡潔に説明を始めた。 今回なのは達が敗北したのは、彼女達の魔法体系―――ミッドチルダ式との相性の悪さが大きかった。 ベルカ式とはその昔、ミッド式と魔法勢力を二分した魔法体系。 遠距離や広範囲攻撃をある程度度外視して、対人戦闘に特化した術式である。 ミッドチルダ式と違い、一対一における戦いを念頭に置いてあるものなのだ。 そしてその最大の特徴は、デバイスに組み込まれたカートリッジシステムと呼ばれる武装。 なのは達もその目でしかと見た、ヴォルケンリッター達が使っていたシステム。 儀式で圧縮した魔力を込めた弾丸をデバイスに組み込んで、瞬間的に爆発的な破壊力を得る。 術者とデバイスに負担はかかるものの、かなりの戦闘能力を得られる代物である。 「随分、物騒な代物なんだね……」 「ああ……多くの時限世界に普及している魔術の殆どは、ミッド式だからね。 御蔭で、解析に少しばかり時間を取られてしまったよ……」 「そうだったんだ……」 ベルカ式に関しての説明が終わり、皆は少しばかり考えた。 自分達の使っている魔法が、魔法の全てではない。 これから先、自分達の前に立ちふさがるのは、まだ見ぬ未知なる強敵。 かつてのPT事件と同様か、それともそれ以上の戦いになるかもしれない。 誰もが息を呑むが……その直後であった。 皆が、ベルカ式よりも最も疑問に思わねばならぬ事に気づいた。 戦闘の最中、突如として謎の変身を遂げたミライ―――ウルトラマンメビウスについてである。 当然ながら、視線はミライに集中することになる。 ミライも、ここで隠し事をするつもりはなかった。 丁度いい具合にメンバーも揃っている……ミライは、全ての事情を話し始めた。 「リンディさん達には、先にある程度の説明はさせてもらったけど、改めて全部話すよ。 僕の事……ウルトラマンの事について。」 ミライは、隠していた事情も含めた全てを話した。 自分は宇宙警備隊の一人であり、そしてウルトラ兄弟の一人である、ウルトラマンメビウスである事。 異次元に潜む悪魔―――ヤプールとの戦いの末に、次元の狭間に呑まれた事。 そして気がついたら、アースラに救助されていた事。 自分の正体を明かせば、周囲の者達にも危険が及ぶと判断し、正体を隠していた事。 先に説明を受けていたリンディ・クロノ・エイミィの三人は、二度目となるため流石に驚いてはいなかった。 一方なのは達四人はというと、当然ながら驚き、そして呆然としている。 別世界の人間というだけならば、まだ分かるが……その正体が宇宙人ときては、少々許容の範囲外であった。 そして、ウルトラマンという存在についてにも驚かされた。 宇宙警備隊という、時空管理局に匹敵するほどの大組織の一員として、ミライ達は動いている。 彼は、その中でも特に秀でた戦士であるウルトラ兄弟の一人―――中には、メビウスよりも強いウルトラマンはいるという。 早い話……ミライがとんでもない大物であった事に、皆驚いているのだ。 「えっと……一つだけ、質問してもいいですか?」 「いいけど、何かな?」 「話を聞いてて、少しだけ不思議だったんですけど……ウルトラマンは、どうして地球を守るんですか? 守らなくてもいいとかそういう話じゃなくて、色んな星がある中で、どうして地球を選んだんだって……」 なのはには、ミライの話の中で一つだけ、腑に落ちない点があった。 ウルトラ兄弟達になる為には、地球防衛の任に就く必要があるという。 そうして多くの事を学び、ウルトラ兄弟になるに相応しいまでの成長を遂げるというのだが…… 何故、彼等が防衛する星が地球なのか。 話を聞く限りでは他にも多くの星はある筈なのに、何故態々地球を選んだのか。 そんな彼女の疑問を聞くと、ミライは少しばかり瞳を閉じた後、ゆっくりと口を開いた。 かつて、共に戦った大切な親友からも同じ質問をされた。 その時の事を思い出しながら……ミライは、なのはに答えた。 「僕達ウルトラマンも、元々はウルトラマンの力を持っていなかった。 皆と同じ……地球の人達と全く同じ、普通の人間だったんだ。」 「え……?」 「ある事故が切欠で、僕達はウルトラマンの力を手に入れた。 ……僕達は、地球の人達に自分達を重ねているんだ。 もう戻る事のできなくなった、あの頃の姿を……」 「だから、地球を……」 ウルトラマンが地球を守る理由。 それは、かつての自分達の姿を重ねているからであった。 更に、地球は多くの侵略者達から、特に狙われている星でもある。 だからウルトラマン達は、地球を守ろうと決めたのだ。 そうして人間達を守る戦いを続けていく内に、ウルトラマンとして何が大切なのかを知る事ができる。 それこそが、彼等の戦う理由であった。 だが、メビウスには……いや、これは全てのウルトラマンの思いだろう。 もっと重要な、戦う理由があった。 「それに……」 「それに?」 「僕達は、人間が好きですから。」 「……なるほど、ね。」 「勿論、人間だけじゃなくて……大切なもの全てを、守りたいと思っています。 困っている人がいるなら、その人を助けるためにウルトラマンの力はある。 僕はそう信じてます……だから、決めました。」 「え……決めたって?」 「ミライ君は、元の世界に戻る手立てがつくまでの間、私達に協力してくれるって言ってくれたんだ。」 ミライは、今回の事件に関して全面的に協力すると、リンディへと話を通していたのだ。 自分達を助けてくれた時空管理局の者達に、恩返しがしたいからと。 それに、もう一人のウルトラマン―――ダイナの事が気がかりであるからと。 前者だけでもミライにとっては十分な理由であり、加えて後者のそれもある。 ここで引き下がれというのが無理な話だ。 保護した民間人に戦闘をさせるというのは流石に気が引けたのか、最初のうちはリンディも遠慮していた。 しかし……ミライの積極的な申し出に、彼女も折れたのだ。 最も、局員ではないなのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人が協力している時点で、今更な感はあるのだが…… メビウスの力は、確かに今後の戦いを考えると必要不可欠だろう。 闇の書側についているとされる謎のウルトラマンとの戦いには、最も彼が向いている。 なのはやフェイト達どころか、下手をすればアースラ最強の戦闘要員であるクロノさえも危ない程の強敵なのだから。 「さて……それじゃあ、フェイト。 そろそろ面接の時間だが……なのは、ミライさん。 二人も、僕に同行を願えないか?」 「……?」 「面接……うん、いいけど……」 なのはとミライの二人は、面接という言葉の意味がいまいちよく分かっていなかった。 聞く限りじゃフェイトの用事らしいのだが、それにどう自分達が関係するのだろうか。 不思議そうに、二人は顔を見合わせる。 そんな様子を見たクロノは、難しく考える必要はないと言い、部屋を出て行った。 三人は、彼の後についていく。 「エイミィ、面接って?」 「うん、フェイトちゃんの保護観察の事についてだよ。 保護観察官のグレアム提督と、まあちょっとしたお話。 なのはちゃんはフェイトちゃんの友人って事で呼ばれたんだと思うけど…… ミライ君は、まあ色々と大変な事情が重なってるからね。 多分、そこら辺の事に関してじゃないかな?」 「へぇ~……」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「クロノ、久しぶりだな。」 「ご無沙汰しています、グレアム提督。」 そしてその頃。 クロノの案内によって、時空管理局顧問官―――ギル=グレアム提督の部屋に三人はついていた。 三人は椅子に座り、グレアムの言葉を待つ。 何処となく緊張している様子の彼等を見て、グレアムは少しばかり苦笑した。 その後、本題に入るべく、手元の資料を見ながら三人へと話しかける。 「フェイト君、だったね。 保護観察官といっても、まあ形だけだよ。 大した事を話すわけじゃないから、安心していい。 リンディ提督から、先の事件や、君の人柄についても聞かされたしね……君は、とても優しい子だと。」 「……ありがとうございます。」 「さて、次は……んん? へぇ……なのは君は日本人なんだな。 懐かしいなぁ、日本の風景は……」 「……ふぇ?」 「はは……実はね、私は君と同じ世界の出身なんだ。 私はイギリス人だ。」 「ええ!!そうなんですか?!」 「あの世界の人間の殆どは、魔力を持たない。 けれど希にいるんだよ、君や私のように、高い魔力資質を持つ者が。」 まさか時空管理局に、自分と同じ世界の出身人物がいるとは、思ってもみなかった。 驚き思わずなのはは声を上げてしまう。 するとそんな様子を見たグレアムは、彼女が予想通りのリアクションをしてくれたのを見て、静かに微笑んだ。 その後、彼は己の身の上話を話し始めた。 「おやおや……魔法との出会い方まで、私とそっくりだ。 私は、助けたのは管理局の局員だったんだがね。 それを機に、こうして時空管理局の職務についたわけだが……もう、50年以上前の話だよ。」 「へぇ~……」 「フェイト君、君はなのは君の友達なんだね?」 「はい。」 「約束して欲しいことはひとつだけだ。 友達や自分を信頼してくれる人のことは、決して裏切ってはいけない。 それが出来るなら、私は君の行動について、何も制限しないことを約束するよ……できるかね?」 「はい、必ず……!!」 「うん……いい返事だ。」 フェイトの力強い返答を聞き、グレアムは安堵の笑みを浮かべた。 その瞳に、一切の迷いはない。 友達の為、大切な人の為に活動できる、強い意志が感じられる……この子はきっと大丈夫だ。 これで、片付けるべき最初の問題は片付けた。 残るは……来訪者、ウルトラマンについて。 「ミライ君だったね……君の話をリンディ提督達から聞かされた時は、本当に驚いたよ。 魔法の力も、君からしたら十分非常識ではあるのだろうが……今の私は、それと同じ気分だね。」 「確かに……僕も最初に皆さんの話を聞いた時は、少し驚きましたよ。」 「はは……君もクロノに呼んでもらったのは、君がいた世界に関してなんだ。 君がいた世界の捜索なんだが、実は私の担当になりそうなんでね。 事情とかは既に聞いているから、改めて君から聞く必要はないが……そういう訳で、挨拶をしておきたかったんだ。」 「そうだったんですか……グレアムさん、よろしくお願いします!!」 「こちらこそ、よろしくだよ。 それで、君の能力に関してなんだが……仲間の人達と連絡を取る手段はないのかな?」 「テレパシーは試してみたんですけど、通じませんでした。 一応、他にももう一つだけ方法があるにはあるのですが……それは、地球に着き次第試してみたいと思います。 ウルトラマンに変身した状態じゃないと、使える力じゃないですからね。」 「うん、分かった。 それと、もう一つ質問するが……気になる事があってね。 君が一戦交えた、あのもう一人のウルトラマンについてなんだが……分かる事は何かないかな? どんな些細な事でもいいから、教えて欲しいんだ。 捜索の鍵になるかもしれないからね。」 「はい……けど、残念な事にはなるんですけど……」 「残念な事……?」 「僕とあのウルトラマン……ダイナとは、初対面なんです。 だから、お互いの事は何も分からないんです。」 「初対面……? ミライさんも会ったことがないウルトラマンさんなの?」 「うん……」 ミライとて、全てのウルトラマンを把握しているわけではない。 実際問題、かつて地上に降り立ったハンターナイトツルギ―――ウルトラマンヒカリの事は知らないでいた。 それに、光の国以外にもウルトラマンは存在している。 獅子座L77星生まれであるウルトラマンレオとアストラがその筆頭である。 この二人のみならず、ジョーニアス、ゼアス……彼等の様な他星の者達も含めれば、数は相当なものになる。 いや、そもそも……それ以前にあのウルトラマンは、自分がいた世界のウルトラマンなのだろうか。 なのは達の世界にウルトラマンが存在していない以上、ダイナは必然的に別世界のウルトラマンということになる。 問題は、その別世界がはたして自分のいた世界と同じなのかどうかという事である。 異次元世界での戦いにおいて、次元の裂け目に落ちたのは自分とヤプールだけだった。 まさかダイナがヤプールな訳がないし、そもそもヤプールがあのダメージで生きているとは思えない。 そうなると……ダイナは、もしかしたら別の世界のウルトラマンなのかもしれない。 自分と同じで、何らかの方法でこの世界に来たウルトラマンなのかもしれないのだ。 これに関しては、本人から聞き出す以外……知る方法はないだろう。 「ただ、戦ってみて分かったんですが……ダイナからは、邪悪な意思は感じられなかったんです。」 「邪悪な意思が……?」 「僕は今までに二回、同じウルトラマン同士でのぶつかり合いを経験した事があります。 その内の一人は、憎しみに捕らわれた可哀想な人でしたが……あの人から感じたような、憎悪とかはないんです。 寧ろダイナは、レオ兄さんの様な……強い信念を持っているように感じられました。」 ミライが、ダイナとの戦いで感じた事。 それは、彼から邪気が感じられないという事実であった。 かつて彼は、ハンターナイトツルギとウルトラマンレオと、二人のウルトラマンと対峙した経験があった。 ツルギとのそれは、対決にまでは至らなかったものの、ミライにとっては忘れられない記憶であった。 目的の為ならば手段を選ばず、ただ復讐の為に力を振るうツルギから感じられたのは、圧倒的な憎悪だった。 ダイナからは、そんな憎悪の様な感情は一切感じられなかった。 寧ろ、ウルトラマンレオの持つ強い正義感に近いものが彼にはあったのだ。 レオがミライに戦いを挑んだのは、敵に破れたミライを鍛えなおす為であった。 強敵を打ち倒す為のヒントを、彼は戦いの中でミライへと授けたのである。 あの行動は、紛れもなく正義を貫く為のもの。 大切な故郷である地球を守り抜きたいという、強い想いによるものであった。 ダイナには、それがあった。 「そうか……クロノ、今回の事件に関しては……」 「はい、もう、お聞き及びかもしれませんが…… 先ほど、自分達がロストロギア闇の書の、捜索・捜査担当に決定しました。」 「分かった……ミライ君。 君はあのウルトラマンとは、この先間違いなく対峙することになる。 その時、君は彼を止められるかな?」 「……絶対とは言い切れません。 ですが、ダイナは話が通じない相手ではないような気がします。 だから何とかして彼の目的を聞き、それが悪いことでないのならば、僕は彼を助けたいと思います。 避けられる戦いは、避けたいですから。 でも、もしも彼に邪な目的があるなら、そうでなくとも彼が立ちはだかる道を選ぶなら……僕はダイナと戦います。 皆を守るために、ダイナを何としても止めてみせます。」 「そうか……いい目をしているね。 君ならば、きっと大丈夫だろう……分かった。 あのウルトラマンダイナに関しては、君が一番頼りになるだろう。 クロノ達と助け合って、最善の道を歩めるよう頑張ってくれ。」 「はい!!」 「私から、君達に話すことは以上だ。 ……クロノ、私の義理では無いかもしれんが、無理はするなよ。」 「大丈夫です……急事にこそ冷静さが最大の友。 提督の教えどおりです。」 「そうだな……」 「では、失礼します。」 四人はグレアムに一礼した後、退室していった。 理解のある人で、本当によかった。 ミライ達は、心からそう思っていた。 彼の心に答える為にもと、三人は精一杯の努力をする決意を固めるのだった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「はやてちゃん、お風呂の支度できましたよ。 ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね。」 「は~い。」 同時刻、海鳴市。 八神家では、何てことない平和な日常の光景が見られた。 風呂が沸いた為、はやてとヴィータ、シャマルが三人で風呂場へと向かう。 シグナムはソファーに座って新聞を読み、ザフィーラは横になって寛いでいる。 そしてアスカはというと、テレビでやってるクイズ番組に夢中になっていた。 『ヘキサゴン!!』 『主にオーストラリアに分布する、その葉がコアラの主食として知られるフトモモ科の植物は何でしょう?』 ピンポンッ!! 『はい、つるの押した。』 『よしきたぁっ……笹ッ!!』 ブーッ!! 『え、何でだよ!?』 『……あのなぁ、つるの!! それコアラじゃなくてパンダやんけ!!』 「やっべ……俺も同じ事考えちまってたよ。」 「おいおいおい……」 「はは……シグナムは、お風呂どうします?」 「私は今夜はいい……明日の朝にするよ。」 「へぇ、お風呂好きが珍しいじゃん……」 「たまにはそういう日もあるさ。」 「ほんなら、お先に~」 三人が風呂場へと入っていく。 その後、ザフィーラはシグナムへと振り返った。 彼女が何故風呂に入るのを拒んだのか、何となく理由が分かっていたからだ。 アスカも二人の様子を感じ取り、振り返る。 「今日の戦闘か?」 「聡いな……その通りだ。」 「もしかしてシグナムさん、どっか怪我を?」 シグナムは少しばかり衣服を捲り上げ、二人に下腹部を見せた。 その行動にアスカは一瞬顔を赤らめ、反対方向へと向いてしまう。 しかし、見たのが一瞬であったとはいえ、十分に確認する事は出来た。 彼女には確かに、黒い傷跡があったのだ。 それは、フェイトとの戦いによって着けられたものであった。 「お前の鎧を撃ち抜いたか……」 「澄んだ太刀筋だった……良い師に学んだのだろうな。 武器の差が無ければ、少々苦戦したかもしれん。」 「でも……きっと、大丈夫っすよ。 今日初めて戦ってるところは見たけど……シグナムさん、結構強そうに見えたし。」 「ふふ……それはありがたいな。 そういうお前こそ……互角の戦いぶりだったな。」 「はい……ウルトラマンメビウス。 あいつとは、また戦うことになるだろうけど……負けません。 次は、必ず……!!」 「ああ……我ら、ヴォルケンリッター。 騎士の誇りに賭けて……」 『おい……お前、アホやろ。』 「あ、つるの抜けた。 よかったぁ、ビリじゃなくて……何か俺、こいつに親近感感じるんだよなぁ。」 「……ビリとビリの一歩手前とじゃ、五十歩百歩じゃないか?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「親子って……リンディさんとフェイトちゃんが?」 「そう、まだ本決まりじゃないんだけどね。 養子縁組の話をしてるんだって……プレシア事件でフェイトちゃん天涯孤独になっちゃったし。 艦長の方から、「うちの子になる?」って。 フェイトちゃんもプレシアのこととかいろいろあるし……今は気持ちの整理がつくのを待ってる状態だね。」 場所は時空管理局本局へと戻る。 なのははエイミィから、フェイトがリンディから養子縁組の話を受けたことを聞かされた。 この話は、とてもいいことだとなのはは感じていた。 無論、フェイトの気持ちの整理などもあるから、まだ先の話にはなるのだろうが…… 彼女達が親子となるならば、きっと上手くいくに違いないとなのはは思っていた。 そしてそれは、エイミィやクロノ達にとっても同様である。 (親子、か……) 二人の話を聞いていたミライは、昔の事を思い出していた。 自分も以前に一度、養子にして欲しいといってある人物を訪ねた経験があった。 相手は、今のこの姿―――ヒビノミライとしての姿のモデルとなった人物の、父親である。 彼はミライと暮らすことは出来ないと、その申し出を拒否した。 しかし……ミライが進むべき道を、はっきりと示してくれた。 彼の協力がなければ、今の自分はなかった……そう思うと、やはり感謝すべきだろう。 「さて……皆、揃っているわね。」 噂をすればなんとやら。 丁度、フェイトとリンディの二人が部屋へとやってきた。 それを合図に、騒がしかった室内が一気に静かになる。 今この部屋には、アースラクルーの者達が勢揃いしていた。 今回の事件に関しての説明が、これから行われるのである。 「さて、私たちアースラスタッフは今回、ロストロギア・闇の書の捜索、および魔導師襲撃事件の捜査を担当することになりました。 ただ、肝心のアースラがしばらく使えない都合上、事件発生地の近隣に臨時作戦本部を置くことになります。 分轄は観測スタッフのアレックスとランディ。」 「はい!!」 「ギャレットをリーダーとした、捜査スタッフ一同。」 「はい!!」 「司令部は私とクロノ執務官、エイミィ執務官補佐、フェイトさん、ミライさん、以上4組に別れて駐屯します。」 各々の役割分担について、リンディが説明し始めた。 地上におかれる司令部には、リンディ達五人が駐屯する事になる。 そして、その肝心の司令部の場所はというと…… 「ちなみに司令部は……なのはさんの保護をかねて、なのはさんのおうちのすぐ近所になりまーす♪」 「えっ……!!」 「……やったぁっ!!」 なのはとフェイトは顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。 その様子を見て、アースラクルー皆も笑顔を浮かべる。 今回の事件は、なのは達の世界が中心だからそこに司令部を置くのは当然のことではあるものの。 中々、リンディも粋な計らいをしてくれたものである。 早速引越しの準備ということで、皆が動き始めた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「うわぁ……すっごい近所だぁ!!」 「ほんと?」 「うん、ほらあそこ!!」 翌日。 なのは達は、司令部―――高町家から凄く近い位置にあるマンションにて、引越し作業の最中であった。 なのはとフェイトの二人はベランダから、外の風景を眺めている。 ミライはエイミィやクロノ達と一緒に、荷物の運び込みをしていた。 するとエイミィは、ある事に気付いた。 ユーノとアルフの姿が、人間ではない……動物形態へと変化していたのだ。 「へぇ~、ユーノ君とアルフはこっちではその姿か。」 「新形態、子犬フォーム!!」 「なのはやフェイトの友達の前では、こっちの姿でないと……」 ユーノはフォレットへと、アルフは子犬へとその姿を変えていた。 二人とも、正体を隠しておかなければならない事情があるために、動物形態を取っていたのである。 そこへとミライもやってきたわけだが……そんな二人の姿を、彼はじっと見つめていた。 「ミライさん、何か……?」 「いや……今凄く、二人に親近感が沸いちゃったから。 正体を隠す為に変身する……分かるよ、その気持ち。」 「あ~……そういえば、似たような身の上だったわよね、あたし達。」 「わぁ~!! ユーノ君、フェレットモードひさしぶり~!!」 「アルフも、ちっちゃい……」 「あはは……」 なのははユーノを、フェイトはアルフを抱きかかえた。 するとそんな時、クロノから二人の友達が来たと言われ、二人は玄関へと走っていった。 リンディも折角だからと、一緒についていく。 その後、なのは達はフェイトの歓迎会の為に、リンディは挨拶の為に、翠屋へと向かっていった。 「早速仲良しですね、フェイトちゃん達。」 「前々から、ビデオメールとかはやってたからね。 初対面って言うのとはちょっと違うし……あれ?」 「エイミィさん、どうしたんですか?」 「あはは……艦長ったら、忘れ物しちゃってるよ。 これ、フェイトちゃん達に見せてあげなきゃ……ミライ君、折角だし届けてもらっていいかな?」 「はい、いいですけど……これって?」 「フェイトちゃんにとっての、最高のプレゼントだよ。」 ミライはエイミィからある小包を受け取った。 その中身が何なのか、それを聞くとミライも笑みを浮かべた。 きっとフェイトは、喜んでくれるに違いないだろう。 駆け足で、ミライはフェイト達を追いかけていった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ユーノ君、久しぶり~♪」 「キュ~」 「う~ん……あんたのこと、どっかで見た覚えがあるような……」 「ク~……」 「にゃはは♪」 翠屋の前のオープン席で、なのはとフェイト達は、友人のアリサ=バニングスと月村すずかの二人と過ごしていた。 ユーノとアルフも混じって、楽しげに四人は会話をしていた。 すると、そんな最中だった。 なのはは、小包を持ってこちらに近づいてくる人物―――ミライの存在に気付いた。 「あれ……ミライさん?」 「あ、いたいた。 フェイトちゃん、これリンディさんからの贈り物だよ。」 「え、私に……?」 「なのは、この人は?」 「初めまして、僕はヒビノミライって言うんだ。 お仕事の都合で、しばらくの間フェイトちゃんの家でお世話になってるんだ。」 「へぇ、そうなんですか……」 「ミライさん、これって?」 「開けてごらん。」 ミライに促され、フェイトは小包を開けた。 すると、その中にあったのは、最高のプレゼントであった。 なのは達三人が通っている、聖祥小学校の制服であった。 これが意味する事は、一つしかない……彼女達は、たまらず声を上げた。 その後、フェイトは店内でなのはの両親へと挨拶をしているリンディの元へと走っていった。 なのは達三人も、その後に続く……その後姿を、ミライはしっかりと見守っていた。 (……世界が違っても、やっぱり同じだ。 僕は、あんな笑顔を守りたい……兄さん達には少し悪いけど。 問題が片付いて、元の世界に戻れるようになるまで……精一杯、頑張ろう。 皆と一緒に……!!) 戻る 目次へ 次へ